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精彩日文晨读(11)
日期:2013-09-19 19:50  点击:1863

11.孤独こどくが開ひらく愛あいの扉とびら

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人(ひと)が一番(いちばん)わからないこと、それは自分(じぶん)の心(こころ)だと、とこがの賢者(けんじゃ)がいっている。まさしくそうだ。

ちょっと自分(じぶん)の心(こころ)の中(なか)を覗(のぞ)いてみてぼしい。

自分(じぶん)の素直(すなお)な気持(きも)ちの周囲(しゅうい)に何重(なんじゅう)ものバリア(ばりあ)を張(は)ってはいないだろうか。中(なか)には、自分(じぶん)の気持(きも)ちすら見(み)えなくなっている者(もの)もいる。

人(ひと)は自分(じぶん)から好(す)き好(この)んで心(こころ)にバリア(ばりあ)を張(は)るわけではない。世(よ)の中(なか)に順応(じゅんのう)しようと一生懸命生(いっしょうけんめいい)きているうちに、知(し)らず知(し)らず農地(のうち)にバリアを張(は)ってしまうのだ。そして、気(き)が付(つ)くと、厚(あつ)いバリアに囲(かこ)まれて孤独(こどく)に喘(あえ)いでいる自分(じぶん)がいる。

「いや、人間(にんげん)は孤独(こどく)ではない。すべての命(いのち)は一(ひと)つなのだ」と言(い)う甘(あま)い言葉(ことば)が行(い)きかっている。しかし、そのような言葉(ことば)に飛(と)びついても、孤独(こどく)は決(けっ)して癒(いや)されない。

「昔(むかし)、人間真(にんげんま)ん丸(まる)い形(かたち)をし、手足(てあし)が四本(よんほん)ずつあった。ところ、あまりにも人間(にんげん)が強(つよ)すぎたため、神様(かみさま)が嫉妬(しっと)し、人間(にんげん)を二(ふた)つに分(わ)けてしまった。それ以来(いらい)、人間(にんげん)は自分(じぶん)の半身(はんしん)を求(もと)め、焦(こ)がれるようになった。」

男女(だんじょ)の恋愛(れんあい)の始(はじ)まりをほのめかすプラトンの逸話(いつわ)だ。この逸話(いつわ)にしたがえば、人間(にんげん)は自分(じぶん)の一部(いちぶ)を失(うしな)った故(ゆえ)に、愛(あい)に目覚(めざ)めたことになる。

孤独(こどく)な人間(にんげん)は大切(たいせつ)な何(なに)かが自分(じぶん)に欠(か)けていると感(かん)じている。だからこそ、愛(あい)を渇望(かつぼう)するのだ。愛(あい)の渇望(かつぼう)の強(つよ)さは孤独(こどく)の深(ふか)さに比例(ひれい)する。

甚(はなは)だ矛盾(むじゅん)しているようだが、愛(あい)に囲(かこ)まれて生(い)きている人間(にんげん)は満(み)たされている故(ゆえ)に、本当(ほんとう)の愛(あい)のありがたさにきずけないと言(い)うことがよくある。

逆(ぎゃく)に、孤独(こどく)の辛酸(しんさん)をなめた人(ひと)は、それだけ愛(あい)や思(おも)いやりの大切(たいせつ)さに敏感(びんかん)である。

だから、この世(よ)には、出会(であ)いだけではなく、分(わか)れが用意(ようい)されているのかもしれない。

愛(あい)の達人(たつじん)になりたければ、分(わか)れの巧者(こうしゃ)になる必要(ひつよう)がありそうだ。


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