十九 あまぐもの
昔、男、宮仕へしける女の方(かた)に御達(ごたち)なりける人をあひ知りたりける、ほどもなくかれにけり。同じところなれば、女の目には見ゆるものから、男はあるものかとも思ひたらず。女、
天雲のよそにも人のなりゆくかさすがに目には見ゆるものから
とよめりければ、男返し、
天雲のよそにのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
とよめりけるは、又男ある人となむいひける。
【現代語訳】
昔、ある男が出仕していた所に女房として仕えていた人と、親しくなり情を交わしていたが、ほどなく別れてしまった。しかし、同じ出仕先なので、女の目にはいつも男の姿が見えるものの、男のほうはその女がまったく眼中にないかのようだった。女が、
<まるで空の雲のように、あの人は遠くて関係ないものになってしまうのかしら。そうは言っても、やはり私の目には姿が見えますのに。>
と詠んだところ、男は返し、
<私が空の雲のように遠く離れてばかりいるのは、あなたがいる山の風が早く吹いて、私を寄せつけてくれないからです。>
と詠んだが、それというのも、他に関係のある男がいる人だと、噂されていたからだった。