三十二 しづのをだまき
昔、物いひける女に、年ごろありて、
いにしへのしづのをだまき繰りかへし昔を今になすよしもがな
といへりけれど、何とも思はずやありけむ。
【現代語訳】
昔、親しく語らい関係をもったことのあった女に、何年か過ぎて男が、
<昔の織物の麻糸をつむいで巻き取った糸玉から糸を繰り出すように、もう一度あのころに時をまきもどし、楽しかった過去の日々を今にする方法があればよいのに。>
と言ったけれども、女は何とも思わなかったのか、何の返事もしなかった。