七十一 ちはやぶる
昔、男、伊勢の斎宮(さいぐう)に内(うち)の御使にてまゐれりければ、かの宮にすきごといひける女、わたくしごとにて、
ちはやぶる神の斎垣(いがき)も越えぬべし大宮人(おほみやびと)の見まくほしさに
男、
恋しくは来ても見よかしちはやぶる神のいさむる道ならなくに
【現代語訳】
昔、ある男が、伊勢の斎宮の御殿に勅使として参上していたところ、その御殿で色ごのみの話をした女が、女房の立場をはなれて個人的な気持ちを表して、
<神聖な神様の場所を囲んでいる垣を越えてしまいそうです。宮廷からおいでになった方にお逢いしたくて。>
男は、こう答えた。
<恋しいなら飛び越えておいでなさい。神様は恋を禁じたりなんかしませんよ。>
(注)ちはやぶる ・・・ 「神」の枕詞。