八十四 さらぬ別れの
昔、男ありけり。身はいやしながら母なむ宮なりける。その母長岡といふ所に住み給ひけり。子は京に宮仕へしければ、まうづとしけれどしばしばえまうでず。ひとつごにさへありければ、いとかなしうし給ひけり。さるに、十二月(しはす)ばかりに、とみのこととて御文あり。おどろきて見れば歌あり。
老いぬればさらぬ別れのありといへばいよいよみまくほしき君かな
かの子いたううち泣きてよめる、
世の中にさらぬ別れのなくもがな千よもといのる人の子のため
【現代語訳】
昔、ある男がいた。身分は低いものの、母親は皇族であった。その母親は長岡という所に住んでおられた。その子である男は都で宮仕えしていたので、母親のもとに赴こうとしてもたびたびは参上できない。その子は一人っ子でもあったので、母親はたいそう可愛がっていらっしゃった。ところが十二月ごろに、急用といって母親の手紙が届いた。驚いてあけてみると歌が書かれていた。
<年老いてしまえば、避けることのできない死別があり、ますます逢いたいあなたです。>
その子がたいそう泣いて詠んだ歌、
<この世に避けられない死別などなければよいのに。親に千年も生きてほしいと祈る、親の子の一人である私のために。>