百二十三 年を経て	
 
 
 
 
 
 
 昔、男ありけり。深草(ふかくさ)にすみける女をやうやうあきがたにや思ひけむ、かかる歌をよみけり。
  年を経て住みこし里を出ででいなばいとど深草野とやなりなむ
女、返し、
  野とならば鶉(うづら)となりて鳴きをらむかりにだにやは君は来ざらむ
とよめりけるにめでて、行かむと思ふ心なくなりにけり。
【現代語訳】
 昔、ある男がいた。山城国の深草の里に住んでいた女を、しだいに飽きてしまったのか、このような歌を詠んだ。
 <長年住んだこの里を出て行けば、今も草深い深草の里は、ますます草が深い野になってしまうのだろうか。>
女が返し、
 <ここが荒れた草深い野になってしまうならば、私は鶉になって悲しく鳴いているでしょう。あなたはせめて、かりそめの狩りにでもおいでにならないでしょうか、いやきっと来てくださいますね。>
と詠んだのに心を打たれ、男は去ろうとする気持ちがなくなったのだった。
        






