【土佐日記について】
作者の紀貫之は、貞観14年(872)ころから天慶8年(945)ころに活躍した平安前期の歌人で、三十六歌仙の一人。醍醐天皇の勅により、他の三人の選者とともに『古今和歌集』(905年)を選進し、その「仮名序」を執筆した。漢詩文にもすぐれ、官人としては詔勅の起草などに従事する少内記・大内記を勤めた。
『土佐日記』は、平安時代に仮名で書かれた最初の日記文学。土佐国司の任務を終えた貫之が、承平4年(934)に土佐を出発して京に到着するまでの55日の出来事を叙述する。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり」とあるように、女性の視点から、いくらかの虚構をおりまぜながら、日々の記録を綴っていく。
内容は、知人との別れ、人情の機微、自然の脅威、行く先々での感慨など多岐にわたり、ユーモアや社会批判をまじえた記述も加えられている。なかでも、土佐で失った愛娘への哀悼の叙述は印象深く、この作品の主題の一つともなっている。