◆ 桐壺更衣の死
(二)
御胸のみ、つとふたがりて、つゆまどろまれず、明かしかねさせたまふ。御使(みつか)ひの行き交ふほどもなきに、なほいぶせさを限りなくのたまはせつるを、「夜半うち過ぐるほどになむ、絶えはてたまひぬる」とて泣き騒げば、御使も、いとあへなくて帰り参りぬ。聞こし召す御心まどひ、何ごとも思し召し分かれず、籠(こも)りおはします。
御子は、かくてもいと御覧ぜまほしけれど、かかるほどにさぶらひたまふ、例(れい)なきことなれば、まかでたまひなむとす。何事かあらむとも思ほしたらず、さぶらふ人々の泣き惑ひ、上も御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見奉りたまへるを、よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれに言ふかひなし。
(現代語訳)
帝は、お胸がひしと塞がって、少しもうとうとなされず、夜を明かしかねていらっしゃった。勅使が行って戻ってくる間もないうちから、しきりに気がかりなお気持ちを仰り続けていらしたが、「夜半少し過ぎたころに、お亡くなりになりました」と言って更衣の里の人たちが泣き騒いでおり、勅使もたいそうがっかりして宮中に帰参した。更衣の死をお聞きになる帝の御心は動転し、どのような御分別をも失われて、引き籠もってしまわれた。
若宮は、それでも御覧になっていたかったが、このような折に宮中に伺候していらっしゃるのは先例のないことだったため、更衣の里へ退出なさろうとした。何事があったのかもお分かりにならず、お仕えする人々が泣き惑い、父主上も涙が絶えず流れていらっしゃるのを、変だなあと御覧になっているのを、普通の場合でさえ、このような別れが悲しくないはずもないのに、ましていっそう悲しく、何とも言いようがない。