(一)
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見いでたる。さて、心劣りするやうもありかし。
人の破(や)り捨てたる文(ふみ)を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせなしたる、いとうれし。
よき人の御(お)前に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせたまふを、われに御覧じ合はせてのたまはせたる、いとうれし。
遠き所はさらなり、同じ都の内ながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人の悩むを聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたる由、消息(せうそこ)聞くも、いとうれし。
(現代語訳)
うれしいもの。まだ読んだことのない物語の一の巻を読み、その先を読みたいとばかり思っていたところ、残りの巻が見つかったとき。それでいて、読んでみたら案外がっかりすることもある。
人が破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読んでいて、同じ文章の続きを何行も見続けることができたとき。どうなることかと不安な夢を見て、恐ろしいと胸がつぶれそうになったものの、大したこともなく夢判断をきちんとしてくれたのは、とてもうれしい。
高貴な方の御前に女房たちが大勢お仕えしていて、昔あったことにせよ、現在お聞きになった世間での評判にせよ、その高貴な方がお話になるのに、私に目を合わされて仰られるのはとてもうれしい。
遠い所にいる場合は言うまでもなく、同じ都の中でも離れていて、自分が大切に思う人が患っていると聞き、どうなんだろう、どんな具合なのだろうと不安で嘆いているときに、全快したとの便りを得るのもとてもうれしい。