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第四章:外交~中日関係
日期:2014-12-23 12:30  点击:415
  中日関係 
 
 政治の面で、1971年10月2日に中国は、「中華人民共和国は中国を代表する唯一の合法政府である。台湾は中華人民共和国の分割できない神聖な一部分である。日本・中華民国平和条約は不法かつ、効力のないものであり、これを必ず廃棄しなければならない」とする中日国交回復三原則を提出した。1972年9月25日に田中角栄首相が中国を訪問し、29日に中日両国政府による共同声明が発表され中日国交正常化が実現された。 
 
 現在、両国関係は発展の勢いを保ち、各分野における実務協力は前向きな成果を上げた。しかし、日本の小泉首相は靖国神社参拝を続け、これが当面の中日の政治関係に影響を与える主要な問題となっている。 
 
 経済の面で、中日両国は主要な貿易パートナーである。日本はすでに10年連続で中国最大の貿易パートナーとなっており、中国は日本の第2の貿易国と輸出市場となっている。 
 
 科学教育、文化、衛生の協力においては、中日国交正常化後、双方は政府間の科学技術協力関係を結び、1980年5月に、『中日科学技術協力協定』に調印した。それから、両国の科学技術の交流と協力はさまざまな様式とルートを通じて、急速な発展を遂げ、その規模は絶えず拡大してきた。 
 
 1979年12月6日に、中日両国は『中日文化交流協定』に調印し、文化や教育、学術、スポーツなどの分野における両国の交流を確定した。2002年に、両国の政府は「中国文化年」と「日本文化年」の開催を決定した。このほか、双方は「中日韓青少年サマーキャンプ」、「中日韓テレビ知識コンクール」、「中日経済フォーラム」などを行った。 
 
 現在、中日の間には真剣に処理しなければならない多くの敏感な問題が存在している。 
 
 第一に歴史認識の問題である。これは中日関係における敏感な問題である。2001年以来、日本が歴史の事実を無視し、歴史の教科書を修正したり、中国を侵略した歴史を改纂したりする行為や小泉首相の靖国神社参拝が連続し、中日関係を厳しい状態にしている。 
 
 第二に台湾問題である。日本と台湾の関係に対する中国の立場は明確である。日本と台湾との間の民間往来には、異義を持たないが、如何なる形による政府側の往来及び、「2つの中国」、「1つの中国、1つの台湾」というやり方には断固として反対し、台湾が日米安全協力の範囲内に含まれていないことを明確に確認するよう日本側に要求している。 
 
 第三に釣魚島問題である。釣魚島は中国台湾省基隆市東北より92海里の東海海域に位置し、台湾群島に附属する島であり、主に釣魚島、黄尾屿、赤尾屿、南小島、北小島及び一部の暗礁から成っている。釣魚諸島は昔から中国の領土であり、台湾と同様に中国領土の分割できない一部分である。中国は釣魚群島及びその周辺海域に対する争う余地のない主権を擁する。 
 
 中国のこうした立場には十分な歴史的、法律的な根拠がある。1943年12月に中国、アメリカ、イギリスが発表した「カイロ宣言」は日本が窃取した東北部、台湾、澎湖列島などを含む中国の土地を中国に返還するよう規定している。1945年に発された「ボツダム宣言」は「カイロ宣言の規定を必ず実施しなければならない」と明確にしている。同年8月に日本は「ボツダム宣言」を受け入れ、無条件降服を発表した。これは日本が台湾及びその附属する釣魚諸島を中国に返還したことを意味する。 
 
 第四に日米安全協力問題である。1996年日米は「安全協力共同宣言」を発表し、これに基づいて1978年に制定した「防衛協力指針」の修正を始めた。1997年9月に、日米は防衛協力の新たな指針を正式に確定した。中国が注目する焦点の1つは台湾関連問題である。もう1つは日本の軍事動向である。中国はこれまで、様々なルートを通じてこの問題に重大な関心を持ち、それについての立場をたびたび表明している。 
 
 第五に戦争賠償問題である。日本政府は1972年の中日の国交正常化の交渉で、「過去の戦争によって中国人民にもたらした重大な責任を痛感し、深く反省する」と明確に表明した。これを前提に中国政府は国家の根本的な利益から出発し、日本に対する戦争賠償の要求を放棄することを決定し、この決定を1972年に中日両国が調印した『中日共同声明』に記載している。1978年、中国第5期全国人民代表大会常務委員会第3回会議で採択された『中日平和友好条約』は再び、法律文書の形で日本に対する戦争賠償への要求を放棄することを確定した。 
 
 第六に日本が化学兵器を中国に遺棄した問題である。日本は中国侵略戦争で、国際条約に公然と違反し、化学兵器を使用し、多くの中国人兵士と住民を死傷させた。日本軍は戦争に負けた時、大量の化学兵器をその場に埋めて遺棄した。現在まで、中国の十数の省、市、自治区の30ヶ所余りの場所で、日本軍が遺棄した化学兵器が発見されている。これらの兵器は50年余りの時間の経過とともに腐蝕し、化学物質が漏洩する事件が相次いで発生し、中国人民の生命と財産の安全及び生態環境にとって重大な脅威となっている。中国政府は1980年代の末、日本政府に交渉の申し入れを行い、この問題を解決するよう要求した。1999年7月30日に、両国政府は北京で『日本が中国国内に遺棄した化学兵器の処理に関する覚書』に調印した。日本政府は覚書で「『中日共同声明』と『中日平和友好条約』の精神に基づいて、問題解決の緊迫性を認識し、『化学兵器防止条約』に規定されている化学兵器を処理する義務を履行する」と確約した。現在、両国政府の関係部門は覚書の精神に基づいて、日本軍の遺棄した化学兵器をいかにできるだけ早く処理するかについて具体的な討議を行っている。 
 
 2001年に日本の首相に就任した小泉純一郎氏は、かつて日本に侵略されたアジア諸国人民の感情を無視し、大多数の日本国民の反対を顧みず、毎年A級戦犯が祭られている靖国神社を参拝した。これを受けて東アジア諸国は憤りを示し、強く非難し、中日関係も1972年以来、最も厳しいものとなった。 
 
 2006年10月8日から9日にかけて、就任して2週間足らずの安倍晋三首相が中国を訪問し「氷を砕く旅」と呼ばれた。この訪問で双方は中日戦略互恵関係の構築に合意した。中国は安倍首相が就任してから初めて訪問した国となり、そして日本の指導者による5年ぶりの訪中となった。 
 
 2007年4月11日から13日にかけて、温家宝首相は「氷を融かす旅」と呼ばれた訪日を実現した。期間中、温首相は明仁天皇と安倍首相とそれぞれ会談したほか、「中日共同コミュニケ」を発表した。双方は中日戦略互恵関係の基本的内容や枠組み、重点的協力分野などを明確にし、各分野の協力を強化する一連の措置を制定した。同年12月27日から30日にかけて、福田康夫首相が中国を公式訪問し、「春を迎える旅」と呼ばれた。 
 
 2008年5月6日から10日にかけて、胡錦涛国家主席が日本を公式訪問し、「暖春の旅」と呼ばれた。双方が発表した「戦略互恵関係の全面的推進に関する中日共同声明」は中日間の4つ目の政治文書となった。 
 
 2010年9月7日、日本は釣魚島付近の海域で中国の漁民と漁船を不法に拘束した。24日に日本側は中国漁船の船長を釈放することを発表した。そして25日未明、拘束されていた詹其雄船長が福州に戻った。この事件に対して中国は「釣魚島とその付属島嶼は中国の固有領土である。日本による中国の漁民への拘束、調査及びいかなる司法措置は不法で無効なものだ」と指摘した。 
 
 2012年9月11日、日本政府は釣魚島、北小島と南小島を購入し、3島の国有化を閣議で決定した。これを受けて中国政府は同日「中華人民共和国領海および接続水域法」に基づき、釣魚島とその付属島嶼の領海基点と基線を発表した。そして、中国外務省は声明を発表し、「日本政府の島購入は完全に不法で無効なものであり、日本が中国の領土を侵略した歴史的事実を少しも変えられない。また中国の釣魚島とその付属島嶼に対する主権もまったく変えられない」と強調した。

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