子どもが幼稚園や小学校に行くようになると、その子の母親は近所では〇〇ちゃんのママとか、〇〇クンのおばちゃんと呼ばれるようになり、名前で呼ばれることはめったにない。①それが悲しい、とテレビで若いお母さんたちが語っていた。
しかし悲しいも何も、この〇〇ちゃんのママという言い方は、今や愛犬家の間ではごく当たり前に使われている。
「ジョンクンのママにスーパーで会ったよ」
「ナナちゃんのパパ、昨日バス停にいらしたわ」
といったぐあいだ。
愛犬家同士ではちょっとした手紙のやり取りでも名字は書かず、「ゴン太の母より」などとしたためるらしい。
この友達の輪をワンちゃん友達という。犬友達ではなく、ワンちゃん友達。犬であっても「犬」なんて決して言わないのだ。
「うちの犬」は「うちの子」。「この犬」は「この子」である。人様の犬を犬呼ばわりするのは粗野な物言いと見なす空気すらある。
ところで言葉遣いでよく問題になるのが、その犬や猫に「エサをあげる?やる?」のどちらがいいのかということだ。
1989年に出版の「日本語相談 一」(朝日新聞社)にもその問題が収められていて、大野晋(おおのすすむ)氏が回答している。
氏によると、「あげる」は下から上へ物を行かせるのに対し、「やる」は上から下へ行かせる意。それで犬にはエサを「やる」と言っていたのだが、いとしいペットを人間同様に扱いたいと思う人はそうは言いたくない。でも適当な言葉がなく、②「あげる」になったのだという。
先週も紹介した北原保雄(きたはらやすお)編「問題な日本語」(大修館書店)には、「やる」ではあまりに品なないと感じられ、「あげる」になったとある。
これは相手を尊敬するためではなく、上品な言葉遣いにするために使う美化語である、と解説している。
ともかく可愛いペットに対しては、エサは「あげる」でよさそうだが、私にはまだ解かせないことがある。
「エサ」という言い方だ。人間と同様に思うペットに「エサ」なんて…
念のためペットの本を開くと、「食事の量が」とか「ご飯を食べない時は」などとありました。
ちなみに知人の愛犬家は「マンマ」です。こんなふうです。
「あれ、マンマ残しちゃったの?おやつばっかり食べるからでちゅよー。もうあげまちぇんよー」(専門編集委員)
練習問題
1、文中の①「それ」は何を指すのか。
母親たちはよく名前で呼ばれること
母親たちは名前で呼ばれることはめったにいないこと
犬呼ばわりすること
上品な言葉遣いにすること
2、文中の②「「あげる」になったのだという。」の「という」と同じ使い方のものはどれか。
このスープは甘いというか、酸っぱいというか変な味ですね。
まだ6時前だというのに、町中に人で溢れている。
石油の価格は近いうちに上がるということだ。
月間発行部数は一億八千万冊という漫画は出版物の三分の一を占める。
3、文章の内容と一致した文を下から選びなさい。
犬にえさをあげると言ってもいいが、ほかに関連する言葉はどう扱うかは問題だ。
犬にえさをやると言うべきだ。
犬にも人間にも敬語を使うのは礼儀正しいやり方である。
日本の言語学者は昔からペットにも敬語を使うべきだと主張してきた。