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卑弥呼
日期:2015-07-23 10:24  点击:758
なぞの国 邪馬台国の女王

卑弥呼 (ひみこ)

● 活やくした時代 3世紀ごろ 古墳(こふん)時代
● 活やくしたこと
 
※ 中国(魏)(ぎ)の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」をもとにしています。
 
  3世紀頃      100こ近くあった国が、30こくらいにまとめられる。        
           30この国がさらにまとめられようとしていた。       
           卑弥呼が邪馬台国(やまたいこく)の女王となる。
           卑弥呼は神につかえる巫女(みこ)であり、神のおつげを聞いて国をおさめていた。
           卑弥呼はほとんどすがたを見せず、1000人の女性が卑弥呼につかえていた。
 
  239年ころ  中国(魏)(ぎ)に使者をおくる。
           魏の皇帝から金印と「親魏倭王(しんぎわおう)」の称号、銅鏡(どうきょう)をもらう。
             中国(魏)の力を利用して、周辺の国を従わせようとする。
 
  240年ころ  魏から使者が来る。
 
  243年ころ  魏に奴隷(どれい)や衣(ころも)をおくる。
 
  247年ころ  魏に使者をおくり、邪馬台国が狗奴国(くなこく)と戦っていることを伝える。
            魏の皇帝が、邪馬台国を助けるために、使者をおくる。
 
  250年ころ  卑弥呼が死ぬ。およそ200mの大きさの大きな墓がつくられる。
           男の王が立つが、邪馬台国にあらそいが起こる。
             卑弥呼の娘の壱与(いよ)が女王になる。
 
● 人 物 評
 卑弥呼(ひみこ)にしても、邪馬台国(やまたいこく)にしても、いまだになぞの多い。邪馬台国のあった場所については、長年のなぞとされてきた。邪馬台国が大和朝廷になったのかどうかもわかっていない。ただ、中国(魏)の力をかりて、日本を1つの国にまとめようとした卑弥呼の必死の努力はわかる。卑弥呼(ひみこ)にしても、邪馬台国(やまたいこく)にしても、これからの調査が必要である。 

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