小学生の時、私はクラスのある女子によく手紙をもらった。といってもラブレターの類ではない。先生やクラスメートの悪口を書いた手紙だ。彼女が私によく手紙を渡したのは、私に好意を持っていたからではなく、彼女と私が似た者同士だったからだろう。私にも人を疎むところがあったのだ。もらった手紙に返事を書いたことはないが、それでも彼女は私に悪口の同意を求めることが多々あった。人のあら探しばかりする彼女は、クラスの鼻つまみ者だった。
卒業式の日、校庭にタイムカプセルを埋めることになっていた私たちのクラスは、入れる物を見せ合ってにぎわっていた。私はお気に入りの本を準備していた。そこに彼女が近づいてきた。
「手紙書いたから読んでね」
返事も待たずに手紙を私に握らせ、彼女は離れていった。私はうんざりした。卒業式の日にまで人の悪口を読まなくてはならないのか……。気がふさいだ私は、その手紙をどうしたものかと持て余した。読まずに捨てるほどの思い切りはなかった。その時名案がひらめいた。タイムカプセルに入れてしまえばいい。一度入れてしまえば、次に開けるのは二十年後だ。自分が大人になっていれば、小学生が書いた悪口なんて笑い飛ばせるさ、そんな楽観があった。そう思った私は、彼女の手紙を読むことなく自分の本にはさんでタイムカプセルに入れた。その手紙のことはすぐに記憶の奥底に消えた。中学に進んでも、どこか人を疎む私の性格は変わらなかった。しばらくして彼女が遠くに転校したことを聞いたが、私には特別何の感慨も湧かなかった。
そしてあの日から二十年が経ち、タイムカプセルを開ける日がやってきた。校庭に集まったのは当時のクラスメートのうち二割ほど。これでも集まった方かもしれない。カプセルを開き、中身を取り出す。みんなが歓声をあげる。私も自分の本を手に取って懐かしさに浸った。本をパラパラめくっていると、何かがひらりと舞い落ちた。拾うと同時に記憶が浮かび上がってくる。彼女がくれた手紙だ。見回すが、この場に彼女は来ていない。彼女は卒業式の日にどんな悪口を書いたのだろうか。純粋な好奇心が膨れ上がる。手紙を開封した。
「長友くんへ
いよいよ今日で卒業だね。私ね、この四月で引っ越すことになったの。もうお礼を伝えることができないかもしれないと思って、手紙を書きました。長友くんはずっと私のグチや悪口に付き合ってくれたよね。今まで本当にありがとう。人の悪口はいけないって思っててもやめられなくて…。そんな自分がいやでしかたなかった。でも、新しい場所で、私は新しい自分になろうと思う。いろんな人のいいところを見つけられるような自分になろうと思う。次に会う時は、もっともっと素敵な二人になって会おうね。約束だよ!」
言葉が出なかった。書かれていたのは悪口ではなく、私への感謝と希望に満ちた約束だった。彼女は変われたのだろうか。そして、二十年前にこの手紙を読んでいたなら、私は今頃どんな大人になっていたのだろうか。答えるすべはない。いや、まだ約束は終わっていない。まだ彼女には会っていないからだ。私も変わっていこう。彼女より二十年遅いスタートだが、遅すぎることはない。胸の中にそんな決意が芽生えた。まずは、二十年ぶりに再会した級友たちの長所を見つけていこう。私は希望の目で級友たちに目を向けた。