真冬の空の下、その子は公園の滑り台の上で、一人でコンビニのお弁当を食べていた。その姿が、とても印象に残ってしまった。
翌週の土曜日、その子はまた、同じようにそこにいた。よく観察すると、その子は土曜日と日曜日の午後、いつもそこでお弁当を食べていた。
小学一・二年生くらいのその子のことが、気になって仕方がなかった。なぜいつも一人で、そんな所でコンビニのお弁当を食べているのか?
おせっかいかもしれないと思った。けれど、その子がとても寂しそうに見えて、私はついに声をかけた。
「ねえ、ぼく、寒くないの?どうしていつも外でご飯食べているの?」
予想通り、その子は何も応えず、警戒した目で私を見つめた。
「おばちゃんも一緒にご飯を食べてもいい?」
すると、その子は無言で頷いた。
まさか、頷いてくれるとは思っていなかったので少々慌てたが、私もコンビニでお弁当を買って、その子と一緒に公園で食べた。何も話さない子で、笑わない子だった。食べ終わると、何も言わずに去っていった。
それを何度か続けたら、やっとその子は、優斗という名前を教えてくれた。優斗くんのママはシングルマザーで、土日も働いているから、給食のない日は、お金をもらってこの公園で食べているのだと話してくれた。夜まで一人で留守番していると聞いて、泣けてきた。
私も子供の頃、優斗くんと同じ境遇だった。父子家庭で毎日仕事が遅い父を一人で待っていたから優斗くんの気持ちが分かりすぎて、言わずにはおれなかった。
「おばちゃんの家、すぐ近くなの。お昼ご飯一緒に食べない?」
探るような目で私を見つめてきたが、やがて恐る恐る優斗くんは頷いた。
その日から、毎週土日のお昼ご飯を私の家で一緒に食べた。夕方まで遊んでいくようになった。宿題もしてから帰るようになった。私の帰りを、玄関先で待つようになった。
私のことを、
「おばちゃん!」
と元気よく呼ぶようになった。よく笑うようになった。野菜も食べるようになった。
小学二年生だった優斗くんが小学校を卒業するまで、私は優斗くんの「おばちゃん」だった。
「春から中学生だね」
と話していた矢先、優斗くんのママが再婚し、引っ越すことになった。
これから大人になっていく姿が楽しみだったのに。可愛くて愛おしくて、いつしか自分の子供のように思ってしまっていた。
別れの時、
「元気でね。辛いことがあっても、負けちゃダメだよ。立派な大人になるのよ」
と、偉そうなことを言う私に、
「・・・おばちゃん」
と、優斗くんは泣いてすがった。
「また、遊びにおいで」
と言うと、泣きながら何度も頷いた。
けれど、それきり優斗くんと会うことはなかった。あの、滑り台の上にいた優斗くんの姿をよく思い出していたが、年月と共に記憶が薄れて、埋もれてしまった。
一昨年の冬、私の家の前にスーツ姿の男性と、晴れ着姿の女性が立っていた。見知らぬ二人に怪訝な顔をした私に、男性が照れくさそうにこう言った。
「・・・おばちゃん」
優斗くんだった。立派な大人になった優斗くんが、彼女と二人で私を待っていたのだ。
この日、優斗くんは成人式を迎え、立派な大人になって会いに来てくれた。大人なはずの私が、子供のように泣いてしまった。