戦前の日本は、どのようにして先の戦争に突入していったのか。政治学者の丸山真男は、敗戦直後に執筆した論文で喝破している。「何となく何物かに押されつつ、ずるずると」。これは驚くべき事態だ、と。
战前的日本,是如何参与先前这场战争的呢?政治学家丸山真男先生在战后不久写就的论文中一语道破,“感觉被什么东西逼着,滑进了这场战争。”他说,这是令人震惊的事态。
ナチスの指導者は開戦への決断をはっきり意識していたに違いない。しかし、日本では、我こそが戦争を起こしたという意識を持つ指導者がいない。日本では主体的な責任意識が成立するのは難しい――。丸山の苦い診断である。
纳粹的领导者对开战的决定有着无比清醒的意识。但是,在日本,没有领导者具有是我发动战争的意识。在日本,建立起主体责任意识是件困难的事情。这是丸山先生得出的苦涩结论。
「ずるずると」と形容すべき事態が今も繰り返されている。新国立競技場の旧計画が白紙撤回されるまでの経緯に関し、第三者委員会が報告書を出した。すべての重要な決定は、「やむをえない」という「空気」を醸成することで行われていた、というのだから驚く。ツケを払わされる納税者のことは眼中にないのだろう。
应该形容为“ずるずると”(滑进的样子)的事情现在还在不断发生。就新国立竞技馆的上一计划被否决的经过,第三者委员会发布了报告书。所有的重要决定都在一片“不得已而为之”的“氛围”中做出的,这一点令人震惊不已。在他们眼中,根本没有为此买单的纳税人。
整備主体の日本スポーツ振興センターも監督する文科省も、「誰も独自の決断をしてこなかった」。そうした中で報告書が「特に」と断って批判するのが、森喜朗元首相らの有識者会議だ。
无论是作为建造主要负责机构的日本体育振兴中心还是起监督作用的文部科学省,“谁都没有下过独立的决定”,报告如此写到。在这种情况下,报告还用了“特に”(特别)批判了原首相森喜朗等人组成的有识之士会议。
本来は諮問機関にすぎないのに、各界の重鎮が並ぶせいか、「実質的な主導権や拒否権」を持ったと断じる。権限をふるうが、責任は負わない。そんな組織が意思決定の頂点にあれば、まさに丸山の言う「無責任の体系」が形作られてしまう。
报告书认为,本来这只不过是咨询机构,但或许是各界重要人物齐聚一堂的缘故,拥有了“实质的主导权和否决权。”行使权力却无需背负责任。这样的机构一旦处于决定意见的关键位置,及形成丸山先生所说的“无责任体系”。
大会組織委会長でもある森氏は撤回前、3、4千億円かけてもいいと語っていた。それでも、おとがめなし。「ずるずる」体質は骨がらみなのか。
身为大会组织委员会会长的森氏在计划撤销前,曾说过即便花上3、4千亿日元也行。即便他这么说了,也没有受到任何惩罚。“随波逐流”体质难道已经病入膏肓了吗?