文楽
大坂の人形浄瑠璃芝居の呼称。義太夫節を地とし3人遣いの人形で演じる。大坂において義太夫節を地とする人形芝居は,貞享年間(1684‐88)竹本義太夫によって創立された竹本座に始まるが,その後いくたびかの盛衰をへて幕末には植村文楽軒による興行が代表的な存在となった。1872年,新開地の松島に移ると同時に文楽座を名のり,これに対抗して旗揚げした彦六座の芸系が大正期に滅び去ったあとは文楽座がただ一つの存在となり,〈文楽〉はこの芸能自体を意味するようになった。