家、いえ、イエ(1)
翌日正午に有能な秘書ペニーさんを訪ねると、約束がとれたから早速出かけようという。
研究所から程近いところにいろいろ設備の整った家があって、ペニーさんはそこが気に入ったので連絡をとってくれていたのだ。家主さんも非常に感じのいい親日家だという。
実はわれわが一番気に入っていた家があるのだが、そことの約束も夜に取り付けてあるという。すぱやい。
訪ねて行った先は、大きなショッピングセンターのすぐわきにある。働く主婦ペニーさんは「ここはいいわ。大きなデパートも入ってるし、映画館も4つもあるのよ。」といいながらちょっと興奮気味。そこはすでに空きになっていて、家主さんが待っていた。
ショッピングセンターのすぐ脇にありながら、そこは閑静な住宅街である。イギリスによく見られる古くて小さいテラスハウスで、本に出てくるような内装である。庭も付いている。草は伸び放題だがそこはすぐに手をいれてくれるというし、外からまったく見えないので水着になってもいいぐらいだ、といって笑う。キッチンにはありとあらゆる食器、調理道具、などがそろっている。
部屋はどれも小さ目。通りに面したベッドルームは書斎として使うようになっていて、棚にはあふれんばかりの本が並んでいる。下の部屋は台所と居間。居間には本物の暖炉があり、そこも本がたくさん並んでいる。飾っておくばかりでなくどんどん読んでくれ、という。日本語の本もある。家主さんは研究者で日本にもいったことがあるし、日本人の研究者も2年間住んでいたので、大歓迎らしい。この家は小さいけれども日本人には馴染むだろういっては笑う。玄関のドアは二重になっていて寒さがしのげるから、日本より暖かいだろうなどと言うので、日本のどこにいたのか聞くと、つくばにいた、という。そりゃ寒かろう。
そのうち日本に関する思い出話をとうとうと始める。この家主さん、しゃべり始めると止まらない。ペニーさんは時間までに戻らなければならないので気が気でない。適当に切り上げて帰る道すがら、ペニーさんが「あれは典型的なケンブリッジのアカデミックよ。」という。「大学人」とでもいうことか。いたくお気に入りである。夫は少し戸惑っている。床がぎしぎし言うのが悲しいらしい。
夕方訪ねていった先はリストの中で一番気に入っていた家で、街の中心地から程近いわりに閑静で近くには公園があり環境も住居も申し分ない。応対してくれたのは現在の住人であるイスラエルからの研究者である。彼らも気に入っているようだ。「この家はすべてオープンだから好きに見てくれ」という。夫の顔が輝いている。昼間とは大違いだ。
ペニーさんも夢心地である。がんがん戸棚や引き出しを開けては「ふぅん。これは便利だわ」などといっている。「あなたたちには少し大きすぎるわねぇ」という、夫人はあまりイスラエル人らしくなく、気のいい日本のおばちゃん、といった感じである。質問があったらいつでも電話してくれ、という夫妻に見送られて家を辞す。
さて、有能な秘書であるペニーさんは、このままリストに載っていた近所の他の家を見る、という。なんというか、実に時間を有効に使う人である。公衆電話を探してこのままアポイントメントを取ろうか、と言い出し、少し探してみるが見当たらないのであきらめる。
結局歩いて一件と、車でもう一件外から見てこの日は終わった。