Sweet Home(3)
鍵が壊れたことを大家さんに報告すべく電話をする。
出てきたのは張りのある声をした男性である。大家さんの息子さんか、と思いつつ鍵のことを説明する。語彙不足を痛感する。彼は時折確認の質問をしながら聞いてくれて、「それであなたは大丈夫か?家には入れるのか?」としきりに心配してくれる。壊れたのはロックの内側なので出入りは自由にできること、しかし施錠できなくなったこと、錠はもう一個所あるので特に心配はないことを伝える。彼は明日誰かを見に行かせると約束して電話を切った。
朝、大家さんから「夫が電話をうけたのだけど、彼はよく理解できてなかったようなのでこれから見に行く」と電話があった。昨日の男性はご主人だったのか。道理で大人の気配りである。それにしても若い声だ。大家さんは昼休みを利用して鍵を見に来てくれて、これなら簡単な修理で終わるでしょう、といって鍵屋の名前をメモしていってくれた。私が語学学校に行く前か、それまでに来なかったら明日の午前中にきてくれるそうだ。鍵が直るのはうれしいが、これでまた家を空けられない。鍵屋が来たのは結局翌日の午前中で、壊れた部品をいったん持ち帰ると、ものの30分で戻って来た。これも支払いは大家さんもちになるらしい。水漏れの修理代も天井の修繕費も払えとはいわれていない。
金曜日の朝8時半から8時40分の間に来るよ、と約束した天井屋は当日8時20分に登場した。前回でもう顔は見知っているのに、「大家さんから頼まれて天井の修理にきました」と自己紹介をする。気のいいおじさんである。鼻歌を歌いながらご機嫌で作業をしている。
天井屋が作業をしている間に大家さんが現れた。家には暖炉に似せた組み込み式のガスストーブがあるのだが、本当は内部に飾りの薪がついているのだという。前の住人がたばこの吸い殻かなにかを投げ込んで、その部分が破損してしまったのだそうだ。今日ガス屋がその修理に来ることになっていて、大家さんはその破損した部品を持っている。彼女の本業は医学博士なのだが、何から何まで面倒なことである。
天井屋の作業はほとんど終わりかけていて、大家さんは満足げに「前よりずっとよくなったわ、どうかしら」といって私に感想を促す。げ…。なんだか雑な仕上がりである。あげくに壁紙を保護するための目張りを剥がすと、壁紙も一緒に剥がれてくる。もしもこれが私の家なら、こんな仕事をされて黙ってはいない。が、この家の持ち主がいいといっているので、「ええ、ずっとよくなりましたね。」とにっこりする。
天井屋は今日修繕したところが乾いた頃に再度来て、塗りムラが目立つようならもう一度作業するという。翌週は私の両親が日本から遊びに来るので、翌々週にしてもらうようにする。翌々週の火曜日同じ時間に来ると約束して天井屋は機嫌よく帰って行った。
ガス屋は時間通りに来たが、肝心の持ってきた部品が割れていたので、もう一度出直してくることになった。その箱についている「FRAGILE(壊れ物注意)」の注意書きはダテですかい、ダンナ。ガス屋も天井屋と同じ日に来てもらうことにする。彼も「今日と同じ時間に来る」というので、もう少し早くしてくれるようにいう。
大家さんがカーペットクリーニングを予約したのは両親が来る日である。地理不案内な彼らを私がバスで空港に迎えに行くことになっている。作業そのものは1時間かそこらで終わるというが、当初の予約時間ではバスの時間に間に合わない。朝一番に来てくれるように頼んでおいたが、さてどうなることやら。遅くなった場合は夫が少し早めに昼休みをとって家に帰ってくることにして、朝からカーペットクリーニング屋を待つ。
案の定というべきか、カーペットクリーニング屋は来ない。ぎりぎりまで待って夫に帰ってきてくれるよう電話すると、程なくカーペットクリーニング屋が来た。結局当初の時間通りである。やってきたのは元気のいいあんちゃんで、
「いやぁ、朝ここの大家さんから電話もらったんスけどね、なんか聞こえなかったんでそのままにしてきちゃいましたぁ」などと言っている。
そ、それは時間を早めて欲しいという電話だったのでは…。大家さん、今朝電話したんだろうか。それは無茶だ。
そうこうしているうちに夫が帰ってきたのでバトンタッチ。バスステーションへと急ぐ。時間通りにバスは出発して一路空港へと向かう。あとは両親が到着ゲートに姿を見せるのを祈るのみである。何しろ二人だけで海外旅行するのは初めてなのだ。不安である。