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『ケンブリッジ見聞録』49
日期:2016-04-19 09:13  点击:572
 英国の流儀?
 
朝一番ではがきが届いた。街の大手書店から、ご注文の本が届いたのでこのはがきを持って二週間以内にとりに来てね?とのことである。ケンブリッジは特に大学の書籍部はないので、街の書店が充実している。入荷まで3週間かかるといわれていたのが、10日足らずで届いたらしい。しかもファーストクラス(1st class:速達)である。なんという首尾の良さ、流石、と上機嫌になる。
 
ちょうど訪問研究員のコーヒーモーニングの日なので、途中で受取りに寄っていくことにした。
 
レジではがきを示して「お取り寄せ」の棚を探してもらう。なんとはなしに私も一緒に目で探すが、私の名字が見当たらない気がする。プロが探すと見つかるものなのだろうか、と黙っていたが、本当にないようだ。レジのお兄ちゃんは、もう一度はがきの文面をしげしげと確かめて探し直した後、「本店にあるかもしれない」とつぶやいて電話を取り上げた。電話の向こうでは「ここにはないから他を当たってみたら」との返事だったようだ。また別のところに電話を架けたが出ないらしい。レジのお兄ちゃんはこちらに向き直って、はがきの消印を指差しながらいう。
 
「これ、昨日の日付でしょ、昨日出したんですよねぇ。だから昨日入荷したばかりということで、ということはつまりここにはまだ来てないんじゃないかと思うんです。ええ、私が推察するに。」
 
なんだそりゃ。
 
つまりここはいくつか支店があるので書籍注文は本部で取りまとめて扱っていて、本部に入荷したら、現物を各支店に分配すると同時に通知はがきも一括処理するらしい。入荷を心待ちにしている顧客のために速達扱いで出しているのだろう。ところが、この国の郵便制度(ロイヤルメール:Royal Mail)は女王陛下をマークにしているだけあって、非常に品質がよい。口の悪い人は「郵便だけは信じられる」というぐらいである。ファーストクラスにするとほとんど翌日に着く。しかも私の住んでいる区域は配達時間が早いので、結果として配架より郵便が先になってしまったということらしい。しかしそれならファーストクラスで出すことはないのでは…。ロイヤルメールを舐めるなよ、という感じである。唖然としたが、そこにないものは仕方がない。
 
「じゃ、私どうすればいいんでしょう。午後にでもまた来ましょうか。」
 
というと、「ええ、私もそれが一番いい方法だと思います。それか、電話して入っているか聞いていただいても。」
 
「一番いい方法」ねぇ…。また後で出直すといって店を出る。これが東京に住んでいた頃だったら目くじらを立てていたところだが、思わず笑ってしまう。ま、いっか。レジのおにいちゃんも一生懸命やってくれたから。
 
少し遅れてコーヒーモーニングに行くと、相変わらずのかしましさである。
 
仲良しの日本人女性が疲れた様子なので、どうしたのかと聞くと、こちらの大手銀行である○○Bankの支店との間で揉め事があって朝一番で行ってきたところなのだという。揉め事はいくつかあって、その一つ一つは小さいのだが、あまりに続出するし、その都度銀行側の応対がひどいのだという。
 
彼女が「それより許せないのは彼らの態度。こっちも興奮すると英語が出てこなくなるし…」というのを引き取って、歩く元気印のようなアメリカ人女性が「あら、うちもそう。彼女もそうよ、そこの彼女も…」といって、他のアメリカ人たちを指差していく。みんな銀行と揉めた経験があるらしい。
 
そのまま彼女が堰を切ったように話し始める。
 
「言葉の問題じゃないわ、みんなそうなのよ。ほんと、揉め事ばっかり。しかも態度が悪いのよ。アメリカの自分の口座からこっちの機械でお金を下ろすなんて簡単だわ。ほんの数秒じゃない。それがなんで窓口に行ったらあんなに時間がかかって大変になるの。絶対終わらないわ。しかもアメリカからの送金がいつまでたってもこっちの口座に入金されないのよ。彼らに聞くとどこか(somewher)あるっていうだけで、さっぱりわからないの。何十年も前ならいざ知らず、このコンピュータネットワークの発達した時代に、なんで送金に一ヶ月もかかるっていうのよ。船便じゃあるまいし。ただ数字のデータを送ればいいだけじゃない。私たちだって、銀行のコンピュータが完璧じゃないことを知ってるわ。だけど計算書だって間違いが多いし、うちの夫は統計学者なのよ。数字を扱いなれているその夫が、申し訳ないがもう一度確かめてくれないだろうかって丁寧に頼んでいるのに、調べようともしないのよ、彼らはっ。侃侃諤諤、ケンケンガクガク…。」
 
確かに訪問研究員ならば、統計学者、経済学者、法律学者、計算機科学者、なんでもござれである。その人達は普段丁寧な扱いに慣れているだろうから怒りも倍増なのだろう。
 
そして銀行側もすごいことを言うらしい。
 
「あなたがたが訪問研究員だと思えばこそ、大切な顧客として特別な待遇をしている。」というのだそうだ。このあたりに英国の階級社会の名残を感じないでもない。彼女が続けていう。
 
「私たちは知識もあって、確かな物言いも振る舞いもできるけど、これが特別な待遇というなら普通の人は一体どんなひどい扱いを受けているのかしらと思うわ。アメリカは歴史が浅いし、礼儀や伝統を重んじるイギリスに対する憧れもあるから、イギリス人がアメリカに来たら、まるで母親が遠くから訪ねてきたかのようにもてなすけど、だけど今回の件に限っては私は断言するわ。ずぇっっったい私たちの方が礼儀正しく振る舞ってるって。侃侃諤諤、ケンケンガクガク…。」
 
喧々囂々とする中で一際姦しい私たちの元へ、もう一人オーストラリア人が何事かと顔を覗かせた。
 
○○Bankと揉めたというと、普段物静かな振る舞いの彼女が、「あーら、ダメダメダメ、○○Bankなんて。△△Bankに変えなくっちゃ。」と血相を変えて歩み寄る。自分がいかに○○Bankでひどい目にあったかを件の日本人女性にとうとうとまくしたてるのを、横から元気印のアメリカ人が「ね、ほら、行った通りでしょ。」と言って、我が意を得たりというようにニヤニヤ笑って見ている。
 
それにしても大変な頻度である。私たちは○○Bankでトラブルらしいトラブルはなかったのだが、次は私たちの番なのだろうか、それとも単に気づいていないだけなのだろうか。ふーむ。ま、いっか。別に今問題ないんだから。
 
さて、夕方近く再度書店に向かう。レジの担当者は朝と違っていたので、素知らぬ顔ではがきを差し出す。今度はちゃんとあった…が、名字のスペルが違っている。そんな珍妙な名字だった覚えはない、と思わず片眉があがる。ま、いっか。何はともあれちゃんと手に入ったんだから。
 

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