むかしむかし、
きこりのおじいさんとおばあさんが住んでいました。
まあ長年暮らしていて、お互いに、倦怠期というか、 末期症状というか、 夫婦生活も長くなると今さらときめくってことでも無いですし。
殺伐とした朝のやり取りが繰り広げられていました。
「こらじいさん、いつまで休んどるつもりじゃ。
はよう仕事に行かんかい」
「わかってるよ。今行こうと思ってたんじゃないか」
そんな調子で、じいさんは今朝も追い出されます。
「あーあ昔はやさしかったのに」
ぶつぶつ言いながらじいさんは山に向かいました。
じいさんはその日、仕事を終えたものの、
家に帰りたくありませんでした。
「ああ心が休まるヒマがないよ、
たまにはのんびりしたい。
家に帰ったってどうせ邪魔者扱いだしな」
じいさんはブツブツ言いながら山奥まで行きました。
すると、
見たこともない泉がありました。
「あれっ、こんな所に泉があったかな?」
見るとキラキラと輝いていて、いかにも美味しそうな水が
たんたんとたたえています。
じいさんはずーと歩き続けていたから、
喉が渇ききっていました。
おぼえず手を伸ばしてザブリと
水をすくいあげ、
ゴク、ゴクゴクゴク
「ああ…雪が溶けたような冷たい水じゃあ」
ところが、その水を飲むと
「あら、なんじゃこれは。
なんか元気がわいてきた!
若い頃を思い出すようじゃ」
じいさんの体中から元気があふれ出して止まらないのです!
しかも、頭がムズムズしてきました。
「えっ?」
泉に自分の顔を映してみると、…
それまでツルツルだった頭に
髪の毛がフサフサとはえていて、
肌なんかもつややかです。すっかり
若者の精悍な面構えをしているのです。
ああ!若い!カッコいい!
これが俺か!!
みっともなく出ていた腹も
ひっこんでいます。ふくらはぎも隆々として
たくましい限りです。
「若返っているぞー!
この泉は、若返りの泉じゃー!」
これはばあさんにも教えてやらないかん、
じいさんは家まで走って帰ります。
まるで空を飛んでいるように、
軽々と、走っていきました。
あまりにも足取りが軽いので、思わず、
歌いだしてしまったほどです。
一方ばあさんは、ええちょっと一服するかのうと言って、
熱いお茶を飲もうとしていました。
その時!
ガラガラ!
玄関の戸が開きました。
「こらじじい、そんなに思いっきりあけたら
戸がこわれるじゃろうが」
「ばあさん、わしじゃ」
ばあさんは熱い茶の入った湯のみを持ったまま振り向くと、
「なんじゃ?」
「わしじゃ、ばあさん。じいさんじゃ」
「だれがじいさんじゃ。この若造が」
「違うんじゃ、ばあさん。じいさんじゃ」
「この若造が。人の家に勝手に入ってきてわけのわからんことを
ほざきおって。これでもくらえ」
ばあさんは持っていた熱いお茶の入った湯のみを、
若返ったじいさんに投げつけました。
「あつつっっ!!」
「もう一発くらえ!」
「ま、まってくればあさん、ほんとにわしなんじゃ。
じいさんなんじゃ」
じいさんは必死に山で見つけた泉のことを
ばあさんに話しました。
ばあさんは、
「信じられんなあ。じゃが確かにおぬしは若いころの
じいさんに、よう似とる」
「じゃろ?ほんとにほんとなんじゃって。
その水を飲んだら、ばあさんもめんこい娘っこに
若返るんじゃ」
「ほう、めんこい娘っこにのう…?」
ばあさんは、想像します。
若返って男たちにチヤホヤされている自分を。
通りを歩けば、あっ、ナントカ小町だ、
なんていって、みんなが振り返る、そんな場面を。
「うししし…悪くはないのう…
じいさんや、その泉はどこにあるんじゃ?」
ばあさんは若返ったじいさんから泉の場所を聞くと、
いちもくさんに飛び出していきました。
泉に行き着いたばあさんは、
「この泉か。これを飲めば、めんこい娘っこに
若返るというんじゃな」
ばあさんはものすごい勢いで、
ゴク、ゴク、ガブ、ガブ、
際限なく飲みつづけます!
「なんちゅううまい水じゃ!!」
一方のじいさんは、
めんこい娘さんになって帰ってくるおばあさんを思って、
妄想をたくましくしていました。
「ああ、いいなあ。やっぱり若いってのはいいからなあ。
ばあさんもあんな、性格がゆがんでしまったけども。
若いころは可愛かったからなあ。ほんとに。
見かけのことだけじゃないよ。性格もよかった、あの頃は」
「若くなったら、ワシへの扱いも優しくなるかもしれんな。
うん。きっとそうだ」
じいさんはぶつぶつ言いながら、待ってました。
ところが、待てど暮らせどばあさんは帰ってきません。
さすがに心配になってきたじいさんは、
妄想をやめて、ばあさんを探しに向かいました。
「めんこい、きれいな、ばあさんや
素直な、優しい、ばあさんや
どこにおるんじゃー」
泉についたじいさんは、
めんこい、きれいな、ばあさんや、
じいさんやでー。どこに隠れとるんじゃ
しかし、
いくら探しても、ばあさんは見当たりません。
「行き違いになったんじゃろうか」
じいさんが家に戻ろうとすると、
泉のそばで
ほぎゃー、ほぎゃー、
赤ちゃんの泣き声が聞こえてきました。
じいさんは胸騒ぎがしてきます。
赤ちゃんの泣き声がするほうに行ってみると。
「ああ、これは!ばあさんの着物じゃ!」
ダダーと駆け寄るじいさん。
「ああ!玉のようにツルツルの赤ん坊じゃあ」
なんとばあさんは若返りの水を飲みすぎて、
玉のようにツルツルの赤ん坊になっていたのです。
じいさんは赤ん坊を抱きかかえ、
途方に暮れました。
ほぎゃー、ほぎゃー、
泣いている赤ん坊を抱えながら、
「泣きたいのはこっちじゃ…」
と、つぶやきました。