その昔、貧しい農家で男とその娘が二人暮ししていました。男は妻を早くに亡くし、一人娘を大切に育てていました。また一頭の馬を飼っていました。
娘はとても馬をかわいがっていましたが…その可愛がりようは、ちょっと普通でないくらいでした。
「馬之介さん、馬之介さん。今日もまた、立派ずら。頼もしいずら。え、お前もめんこいって?あんまりめんこくって食べたくなるって?やめでげろ馬之介さん。あんまし、からかうもんでねえ」
そんな感じでしたから、父もそろそろ何か言わないとという気になってきました。
「こら、いい年して、バカなことやってるでねえ。お前もそろそろ年頃ずら。婿をみつけねばなんね。馬とばかりいちゃついていては、話になんね」
「父、ほんなら大丈夫だあ」
「大丈夫とは何ずら」
「だっておれ、馬之介さんと夫婦になるもの」
「馬と!!な、なんの冗談ずら」
「冗談ではねえ。おらたち、こんなに仲がええんだもの。似合いの夫婦だあ。な~馬之介さん」
娘が馬にちゅっちゅっと口付けをしているのを見て、父は頭がクラクラしてきました。このままほっとくとロクなことにならん。娘がマトモな世界に戻ってこれなくなると思いました。
凶行におよぶ父
「かわいそうだが、やるしかなかんべ」
男は次の日馬を連れ出し、庭の桑の木に吊り下げて殺してしまいました。
「父!馬之介さん、どこさ消えただ」
「あん?馬こだったらほら、裏の庭に」
父は裏の庭の桑の木をさししめしました。娘が裏の庭に駆け出し、桑の木の下へ行くと、だらりとぶら下がった、変わり果てた馬の姿がありました。
「ああ!!ああああ!!馬之介さん馬之介さん」
娘は枝から吊り下げられた馬の死体に取りすがり、おんおん、おんおんと泣きました。泣き続けました。「気がすむまで泣いたらよかんべ」
とはいえ、あまりいつまでも泣いてるので、父もたいがいイライラしてきました。
「ええい。いつまでも泣いてるでねえ。離れろ。離れろちゃ」
父は娘を馬から引き離そうとしますが、娘は馬の死体にぴったり取りすがり、少しも離れる様子がありません。
「ええーい、これ以上甘やかしてっとためになんねえ。
よう見とれ」
父は斧を持ち出し、ぶんと一振りすると、ガッと斧が馬の首に食い込みます。
ぐっ、ぐと力をこめて斧を引き抜き、またぶんと一振りすると、ガッとまた食い込みます。
ぐっ、ぐと力をこめて斧を引き抜き、さらにぶんと一振りすると、ついに馬の首は皮一枚で胴とつながっている状態になりました。
「くらえ」
最後の一振りを叩き込むと、馬の首は胴体と切り離され、ゴトリと地面に落ちました。
「あああああ!!」
馬の首に、とりすがる娘。もう泣き声しか出てきません。
「ふうふう。これで諦めもつくじゃろう」
オシラサマ 誕生
その時、
馬の首が、娘を乗せたまま、すうーーと舞い上がります。
「なぬうっ!」
おどろく父。
馬の首は、娘を乗せたまま、すうーと舞い上がり、桑の木のてっぺんあたりまで舞い上がり、そして、
ビュゴーーー
一気に加速して飛び去り…、見えなくなってしまいました。
父はぽかんと立ち尽くしていましたが、すぐに大変なことになったと気付きました。
「さらわれた!娘がさらわれた!!」
すぐに村の人々にわけを話して探してもらいましたが、いくら探そうにも、雲の果てではどうにもなんねということで……娘は二度と帰ってこんかったずもな。
「こったらことになるんだったら、
馬ことの結婚、認めておけばよかった」
父はつくづく後悔して、馬をつるしていた桑の木を削り、これに馬と娘の顔を刻んで二体の像を作り、花染めの赤い布を着せて祀ったのでした。
これがオシラサマのゆらいとして伝えられている話の一つです。
後には養蚕の神様、子供の神様、眼の神様、また女性の病を治してくれるなど、いろいろな性質が加えられていきました。
またオシラサマに正月16日にうかがいを立てるとその年の吉凶を教えてくれるので、「オシラセ」から「オシラサマ」となったとも言われます。
またオシラサマは四本足の獣を食べることを嫌うという話です。なにしろもとが馬ですから。
あるじいさんが、オシラサマに腹を立てていました。
「お前、何のご利益も無え神様だなあ。鹿食うな、肉食うな、あれダメ。これダメ。やかましいことばかりだ。くだらねえ」
じいさんはそう言って仏壇に祭ってあったオシラサマをひっつかんで、鹿の肉を煮ていたグツグツと煮えたぎる鍋の中に投げ込みました。すると、
ギャワワワーーーン
オシラサマは鍋の中から飛び出して、コロン…と転がりました。
「ひいい!!」
家の者は恐れて、オシラサマを拾い上げて仏壇に納めたということです。
後にこの家が火事になった時も、オシラサマは自分で飛び出してきて焼けませんでした。
また家にオシラサマがあって鹿の肉を食うと口が曲がると言われていましたが、これにも反発する者がありました。
「くだらねえ。肉ひとつ食えねえで、こんな田舎に何の楽しみがあるってんだ。くちゃくちゃくちゃ…ああうめえ。うめえ~…肉食わねばあ~」
ところが、口のまわりが、なんだかムズムズしてきました。
「うん。ん…?んん!ぐぐっ…ぐぶっ…!!」
男の口は、ウニョウニョとねじれて、すぼまって、ブザマに曲がっていました。
「とんでもねえ神様だ!!」
男が怒ってオシラサマを川に投げ捨てると、オシラサマは流れに逆らって、どこまでも追いかけてきました。仕方なく、オシラサマに謝って、家に持ち帰り、祀り直しましたが、口はもとに戻りませんでした。
現在も、岩手県遠野の「伝承園」では四方の壁に飾られた、色とりどりの1000体のオシラサマを見ることができます。壮絶な光景です。