昔、天女が天から降りてきて、駿河国三保の松原に降り立ちました。
見るとキレイな泉があるのでまあキレイといって木のところに羽衣をひっかけて、 女は泉につかって、ちゃぷちゃぷと水浴びをしていました。
そこへ木こりが通りかかって何の気なしに泉をのぞくと、
この世のものとは思えない美しい女が水浴びをしていました。
透き通るような肌の上に泉の水がしたたって、
どうにもたまらない感じです。男はぼーぜんと見とれて、立ち尽くします。
ふと泉のわきを見ると、木の枝に女のものと思われる衣がひっかけてありました。
それがまた、えもいわれぬいい香りを放っています。思わず手をのばすと、 ホワホワホワ~~と何か、指先から気持ちいいものがせりあがってくるようです。
ばっ!!
男は思わず衣をふところにかっこみ、
そのまま行ってしまいました。
一日の仕事を終えて、男はまた同じ道を通りかかります。
すると、
しくしく、しくしく、
今朝の女が泉のほとりで泣いていました。
「もし…、どうなさいました?」
「私は天から来た天女です。あんまりキレイな泉だったんで
木の枝に羽衣をひっかけて水浴びをしていたところ、
風で吹き飛ばされたのか、気が付いたら羽衣が無くなっていたんです。
羽衣が無いと天に帰れません」
男は、ちくりと心が痛みながらも、言います。
「そりゃあ…大変ですね。よかったら俺の家に来ませんか?」
男はいったん家に帰って羽織るものを持ってきて、
女にそれを着せてから家につれていきます。
「まあ、これは馬小屋ですか?」
「馬小屋ってまあ、ここに住んでるんですがね」
「住んでいる。はあ…そうですか。住んでらっしゃるんですね」
「住めば都です」
「そういうものですか…」
などと言いつつ、一晩のつもりが二晩となり二晩が三晩となり、
一週間二週間とのびる間に、いつしか三年の月日が流れていました。
男と女はまわりもうらやむ、仲のいい夫婦となり、
男の子と女の子をさずかりました。
ほぎゃほぎゃと泣く下の子を背負ってゴシゴシと洗濯する姿も
すっかりサマになってきた頃、
ある日女が物置の片づけをしていると、はさっと手に触れるものがあります。
その肌触りに女は覚えがありました。
「これは…私の羽衣…」
「おーい、帰ったぞ」
その日男が仕事を終えて帰ってくると、家の中はガラーンとして
女房子供の姿が見えません。
「おーい…どっか行ったのかな?」
ふとかまどの横を見ると、置手紙がありました。
「天の羽衣が見つかったので子供たちといっしょに天に帰ります。
もう一度会いたいのなら、あなたが一番大事なものを庭に埋めてください。
きっと会えます」
へたっ
男はその場でへたれこみます。
「そんな!いきなり行っちゃうなんて。あんまりだ。
俺が衣を隠してたのは、そりゃ悪かったけど…
子供たちも生まれて、楽しくやってたじゃないか。いきなりこんな。
一言相談するなり何なり、やりようはあったはずだ!」
男はしばらくボーゼンとしていましたが、
もう一度よくよく手紙を読みます。
「もう一度会いたいのなら、あなたが一番大事なものを庭に埋めてください。
きっと会えます」
これだと男は膝を打ちます。
「木こりにとって大事なものは、斧だ。
この商売道具だけは、何にもかえられねえ。
でも、そんなこと言ってられないんだ。庭に埋めて、
もう一度あいつと子供たちに会うんだ」
男は斧を庭に埋めます。すると三日たつと、
ぎゅーーんと大きなツルが伸びていました。
「こりゃあ、どうしたことじゃ!?」
さらに何日かほっとくと、ツルは伸びに伸びて、
先のほうなんか、もう雲まで届きそうです。
「よし!いける!」
男はツルに足をかけて、えっちらおっちら
登り始めます。えっちらおっちら登っていって、
自分の村がはるか足の下で小さく見えるくらいまで登りました。
「ぶるぶる。下を見ると足がすくむ。見ないようにしよう」
ようやくあと一息で雲に手がとどくという所まで来て、
ツルが終わってしまいました。
「くっ!ここまで来て、あきらめたりできるか!」
男は気合をこめてデアッと飛び上がり、雲のふちをひっ掴み、
しばらくぶらんぶらんしていましたが、
「はあっ…きえっ!」
どうやら雲に上ることができました。
「まああなた、本当に来てくださったんですか!」
「お前、元気だったか。おう子供たちも元気そうじゃなあ」
ひしと抱き合い、久しぶりの家族水入らずを楽しみますが、
女の父は、面白くないです。
(天界の、身分のある男と娘を結婚させたかったのに、
あの男が娘をたぶらかしたのか。しかも衣を盗むとはなんと卑怯な…
けしからん!!)
「お義父さん、肩でももませてください」
「なんだい君は、君にお父さんよばわりされる筋合いはないよ!」
男は無視されて、邪険にあつかわれて、それでもお義父さん、なんでもしますからと
つきまとって、何でも?じゃあ天界の瓜畑の番を命ずるということで、
外にほっぽり出されます。
ギラギラと照りつける太陽の下、瓜畑の番をするのです。
全身汗だくになります。
「こりゃあ、大変なお役目だな。あーあノドがかわいた」
一個ぐらいいいだろうと、男は瓜を手に取って、じゃくっと横に割ります。
そこへ女が、
「だめ!横に割っては!瓜は縦に割ってください!!」
ドバーーーー!!
瓜の中から大水が噴出して、流れに流れて、
その水が天にかかって天の川となりました。
「うわーーっ!」
「あなたーーッ!」
女は手をのばしますが、男は水ではるか向こうまで流されて、
もう手がとどくはずもありません。
「せめて、七日七日に会いに来てください」
それは、七日ごとに会いにきてくださいという意味だったのですが、
大水にもまれて、どんどん遠くなっていくことでもあり、
男は聞き間違えてしまいます。
「わかった!七月七日じゃな。必ず会いに行くぞーッ!」
こうして、毎年七月七日、一晩だけ二人は会うことを許されたという
七夕のはじまりのお話です。