むかしむかしの、ある夏の日の事です。
村の佐助(さすけ)じいさんは用があって、旅の途中で宿(やど)に泊まりました。
ところが、この宿屋にはノミがたくさんいて、とてもねむることは出来ません。
(やれやれ、帰りもまた、ここで泊まらにゃならんが、こんな事ではどうにもならん。何とかせにゃ)
次の朝、佐助じいさんは朝めしを食ベるとそうそうに旅仕度をして、店先にいた宿の女主人に言いました。
「ばあさんや。お前さんの家では、なんとももったいない事をしとるのう」
するとおばあさんは、不思議そうにたずねました。
「それはまた、何の事で?」
「いや、ほかでもないが、わしの村ではな、薬屋がノミを買い集めておるわ。高値でのう。それなのにお前さんのところでは、こんなにノミがおるのに、なんでお売りなさらんのじゃ」
「お客さま。ノミが薬になりますかいな?」
「ああ、なるとも、なるとも」
「いったい、何に効きますのじゃ?」
「痛み、切りきず、ふき出もの、やけど、鼻づまり。何でも効くぞ」
「それではお客さま。ぜひ、家のノミも買うてくだされまいか?」
「ああ、いいともいいとも。わしは、あと三日たったら、またお前さんの所で泊めてもらうで、それまでに精を出して、たんと捕まえておきなされ。わしの村ヘ持っていって、売ってしんぜよう」
そういって、佐助じいさんは宿を出ました。
さて、それから三日後。
佐助じいさんがこの宿にきて泊まると、ノミは一匹もいません。
おばあさんがよほど精を出して取ったらしく、お陰で、ぐっすりとねむることが出来ました。
あくる朝、佐助じいさんが宿を出ようとすると、
「旦那さま、旦那さま」
「何か、ご用かね?」
「あの・・・、ノミをたんまり捕まえておきましたで。ほれ、このとおり。どうぞ、これを売ってきてくだされ」
と、紙袋を差し出しました。
「どれどれ。おおっ、これはお見事。これだけの数を、よう、お取りなされた」
佐助じいさんは感心したようにいうと、袋をていねいに宿のおばあさんに返して、
「この前、言うのを忘れておりましたが、ノミは二十匹ずつ、ちゃんと串にさしておいてくだされ。一串、二串と勘定せにゃ、とても数えられませんのでな。近いうちにまたきますで、串をこしらえて、ちゃんとさしておいてくだされ。頼みましたぞ。じゃあ、おおきに、お世話になりましたな」
そういうて佐助じいさんは、とっとと宿を出て行きました。
むろん、佐助じいさんがこの宿に来ることはありませんでしたが、ノミのいなくなったこの宿は、それからとても繁盛したそうです。