むかしむかし、田舎(いなか)では、カガミという物をほとんど知らなかったころの話です。
ある若夫婦が、夫の父親と三人で仲良くくらしていました。
ところがある日の事、父親は急な病で死んでしまったのです。
大好きな父親に死なれた息子は、毎日毎日、涙にくれていました。
さて、ある日の事、その息子は気ばらしにと、江戸の町へ出かけました。
そして町中をぶらぶらと歩いていると、店先においてあったカガミがピカリと光ります。
「おや? 今のは何だろう?」
不思議に思った息子は、ピカッと光ったカガミをのぞいてみてびっくり。
「死んだ親父に、こんなところで会えるとは!」
カガミにうつった自分の顔を父親と勘違いした息子は、なけなしのお金をはたいて、そのカガミを買いました。
そしてそれを大事にしまうと、ひまさえあればのぞき込んでいました。
そんな夫の行動を不思議に思った女房は、夫が昼寝(ひるね)をしているすきに、隠してあるカガミをこっそりのぞきこみました。
するとカガミの中には、とうぜん、女房の顔がうつります。
しかしそれを見た女房は、血相(けっそう)を変えて怒りました。
「なんとまあ! こんなところにおなごをかくしておるとは、それもあんなブサイクなおなごを!」
腹を立てた女房は、
ガシャーン!
と、大切なカガミをこわしてしまいました。
「さあ、ブサイク女。よくもあたしからあの人をうばいやがって、はやく出てこい!」
女房はこわれたカガミをひっくり返してみましたが、もちろん、だれも出てはきません。
「ちくしょう。逃げたな!」
女房は気持ちよさそうに昼寝をしていた夫をたたき起こすと、こわい顔でいいました。
「あんた! わたしにだまって、あんな所へおなごをかくしておるとは、どういうこと!」
「はあ? おなご? なにを一体・・・、ああっ! なんという事をしてくれた。あれにはわしの親父が入っておったのに!」
「うそおっしゃい。ブサイクなおなごじゃったよ」
「なにをいう。わしの親父だ!」
そんなわけで、夫婦の大げんかが始まりました。
ちょうどそこへ、村一番の物知りの庄屋(しょうや)さんが近くを通りかかりました。
「まあまあ、なにをけんかしておる。落ち着いて、わしに事情を話してみろ」
そして二人の話を聞いた庄屋さんは、腹を抱えて大笑いです。
「あははははっ。何じゃ、そんな事か。それはな、カガミといって、自分の姿がうつる物じゃ。亭主が見た親父さんと言うのは、自分の顔じゃ。そして女房が見たおなごも、自分の顔じゃ」
庄屋さんの説明に、夫も女房も大笑いしました。
「なるほど、親父にしては、若いと思った」