むかしむかし、ある町に一人の医者がおりましたが、人の病をなおすどころか、自分が病にかかって死んでしまいました。
死んだ人は三途(さんず)の川をわたり、あの世へいくのですが、よい行いをした人は極楽(ごくらく→天国)に、悪い行いをした人は地獄(じごく)に行くのです。
そして極楽行きか地獄行きかは、えんま大王が決めるのでした。
医者は、えんま大王にいいました。
「大王さま、わたくしめは医者でございます。生前(せいぜん→生きているとき)は、人々のお役にたったのでございます。どうぞ、極楽へやってくださいませ」
「こら! うそつきめ。お前はにせ医者で、あくどくもうけおったではないか」
「そんな、めっそうもない」
「だまれ! わしに口答えする気か。おまえは地獄行きじゃ!」
医者は鬼につまみあげられ、ポイッとほうりなげられてしまいました。
「ヒャァーーッ!」
落ちたところは、地獄へとつづく道でした。
医者は覚悟を決めると、かたわらの石に腰をおろしました。
「どうせ地獄行きじゃあ。だれか、道づれが来るのを待とう」
さて、次にえんま大王のところへきたのは、山ぶしでした。
山ぶしは、えんま大王の前に進み出て。
「せっしゃは、人助けの山ぶしというて、世間のわざわいをとりのぞきもうした。まちがいなく、極楽行きでしょうな」
「うそをつくでない! おまえは神仏のたたりじゃというて、なんでもない人々から、金をまきあげたじゃろ!」
「と、とんでもない」
「お前は、地獄行きじゃあ!」
山ぶしも、ポイッとほうりなげられました。
地獄への道では、医者が待っていました。
「やあ、あんさんも地獄行きで? これで二人になったが、もう一人いれば心強いなあ」
すると山ぶしも、腰をおろして、
「どうせ地獄行きじゃ。あわてる事はない。もう一人来るまで待とう」
さて、次にあらわれたのは、かじ屋のおやじです。
「大王さま、おらは百姓(ひゃくしょう)のカマやクワをたくさん作って人助けしました。極楽行きでしょう」
「お前は鉄にまぜものをして、なまくら道具を売ったな! ほら、ちゃんとえんま帳(えんまちょう→生前の罪を書きとめるとされる帳面)に書いてあるわい」
「まぜものをしないと、安くはなりません。安くねえと、貧乏人には買えません」
「口答えするでない。地獄へ行け!」
かじ屋もポイッとほうりなげられ、地獄への道までふっとんでくると、医者と山ぶしが、ニコニコ顔でむかえました。
「これで三人」
「では、ぼちぼちまいりましょうか」
そんなわけで、三人はつれだって地獄の入り口、地獄門につきました。
門番の鬼が、おそろしい顔で言いました。
「ほれ! さっさと入らんか。そして、あの山を登っていくんだ」
三人が見ると、なんとそれは、するどい刃物がズラリとならんだ、つるぎの山でした。
「あんな山を登ったら、足がさけちまうよ」
「ど、どうしよう」
医者と山ぶしがおろおろしていると、かじ屋がニッコリ。
「ここは、おいらにまかしとけ」
なにをするのかと思えば、とりだしたヤットコ(→大きなペンチの様な道具)で、ポキポキとつるぎをへし折り、火をおこして、トンカン、トンカンと、それをうちなおしました。
「そら出来た。鉄のわらじだ。これをはいて歩けば大丈夫」
三人は鉄のわらじをはいて、つるぎの山へのぼっていきました。
するとポッキン、ポッキン、つるぎはおもしろいように折れてしまいます。
「うひゃー、こりゃあすごい! 後ろから来る者のために、道をつくっておこう」
ポッキン、ポッキン、
ポキポキ、ポッキン。
「それそれ、どんどん、折れ折れ」
たまげたのは、鬼たちです。
「なんだ、あいつら!」
「た、たいへんだ! 大王さまに知らせねば」
それを聞いたえんま大王は、おこったのなんの。
「つるぎの山に道を作っただと? ばっかも~ん! だまって見とるやつがあるか! さっさとひっとらえて、カマへほうりこめ。カマゆでじゃ~!」
たちまち三人はつかまって、大きなカマの中にほうりこまれました。
鬼たちは、下からドンドンと火をたきます。
「あちっちっち、こりゃいかん!」
「もうだめじゃ!」
すると今度は、山ぶしが、
「ここは、わたしにまかせなされ。じまんの法力(ほうりき)を見せてくれる」
と、呪文(じゅもん)をとなえました。
「ぬるま湯になれ、ぬるま湯になれ。ナムウンケイアラビソワカ、か~っ!」
すると不思議な事に、お湯は、ちょうどいい湯かげんになりました。
「おぬしの術は、たいしたもんじゃ」
「こんなりっぱな山ぶしどんを地獄に送るなんて、えんまも目がないのう」
「それにしても、いい湯じゃ」
「お~い、そこのオニたち。手ぬぐいをかしてくれんか。からだを洗いたいんじゃ」
三人はすっかりいい気分で、うかれて歌まで歌いだすしまつ。
さて、いかりくるったえんま大王は。
「うぬぬぬ、あやつら、地獄をバカにしおって! ゆるせん! ゆるせん! わしが、じきじきにせいばいしてくれるわ!」
えんま大王は大きな手で三人をひとつかみにすると、ポイッと、口の中へほうりこんでしまいました。
ヒューーーッ、ストーン!
三人は、えんま大王のはらの中に落ちていきました。
「うむ、さすがはえんま大王のはらの中、なかなか広いわい」
でも、おもしろがっている場合ではありません。
「あっ、なんだか体がムズムズしてきた」
「大変じゃ、体かとけてきた!」
「今度こそ、もうだめじゃ!」
山ぶしとかじ屋は泣き出しましたが、医者はおちついたもので、
「心配するな。いま、体のとけぬ薬を作ったで、飲んでみなされ」
その薬を飲むと、たちまち体はシャンとなりました。
三人は大喜びで、えんま大王のはらの中を探検(たんけん)です。
「医者どん、これは何だ?」
「そりゃ、笑いのひもじゃよ」
医者がその笑いのひもをひっぱると、えんま大王は、急に笑いだしました。
「ウヒ、ウヒ、ウヒャハハハハハー」
今度は、泣きのひもをひっぱると、
「うぇーん、うぇーん。悲しいよう」
と、なみだがポロポロ。
わけもなく、笑ったり泣いたりするえんま大王に、鬼たちはきみわるそうに顔を見合わせました。
「こりゃあ、おもしろい」
はらの中の三人は、笑いのひもに、泣きのひも、それから怒りのひもに、くしゃみのひもと、あちらこちらのひもをメチャクチャにひっぱりました。
「ギャハハハハハッ、はひ? ガオーッ、ガオーッ、うぇ~ん、へっくしょーん!」
いやはや、もう大変なさわぎです。
山ぶしとかじ屋が大笑いしていると、医者がはらの中に、なにか薬をぬりながらいいました。
「さて、そろそろ下し薬をぬって、外へ出よう。うっひひひ。・・・これはきくぞ」
泣いたり笑ったりしていたえんま大王は、急にはらをかかえて便所にかけこみました。
ピー、ゴロゴロ。
えんま大王のおしりから、医者、山ぶし、かじ屋が、次々と飛び出してきました。
ニコニコ顔の三人を見た大王は、
「よくも、わしに恥をかかせたな。お前たちは、地獄におるしかくもないわい! とっととしゃばへもどれっ!」
と、三人を地上へふきとばしてしまいました。
こうして、この世にまいもどった三人は、顔を見合わせて大笑い。
それから三人は、いつまでも仲良くくらしたという事です。