むかしむかし、あるところに、ほうろく売りがいました。
ほうろくというのは、土で作ったフライパンの様な物です。
ある年の七月、ほうろく売りが山道を通りかかると、娘たちが湖で水浴びをしていました。
ふと見ると、目の前に美しい着物がおいてあります。
(ああっ、何てきれいな着物なんだろう)
ほうろく売りはその着物がほしくなり、その中の一枚をすばやくカゴに入れて、何くわぬ顔で通りすぎていきました。
ところがタ方、仕事を終えたほうろく売りがそこへ戻ってくると、一人の美しい娘がシクシクと泣いているのです。
(ははん。さては、わしに着物をとられた娘だな)
ほうろく売りはそのまま通り過ぎようとしましたが、娘の着物を盗んだという罪の意識もあったので、娘に自分の着物を着せてやると、家につれて帰りました。
さてこの娘、見れば見るほど美人です。
ほうろく売りはこの娘が好きになり、自分のお嫁さんにしました。
やがて子どもが生まれて、親子三人は仲良く暮らしていました。
ある日の事です。
ほうろく売りが仕事に出かけた後、お嫁さんが子どもを寝かせながら、ふと天井を見てみると、何やらあぶら紙(→物を保存するための和紙)につつんだ物があります。
(あら、何のつつみかしら?)
お嫁さんがつつみを開いてみると、中には盗まれた着物が入っていました。
「あっ! これはわたしの着物! きっと、あの人が盗んだに違いないわ。ゆるさない!」
お嫁さんはその着物をすばやく着ると、子どもをかかえて空へのぼろうとしました。
そこへ、ほうろく売りが帰ってきたのです。
一目で全てをさとったほうろく売りは、お嫁さんに手をついてあやまりました。
「ま、待ってくれ! わたしが悪かった。だから待ってくれ!」
「いいえ! わたしは天の国へもどります! あなたに着物をとられて、しかたなくお嫁さんになりましたが、わたしはもともと天女(てんにょ)です」
「すまない! あやまる! 今までに何度も返そうと思ったが、お前がどこかへ行ってしまうのではないかと心配で、返すに返せなかったんだ」
「いいわけは聞きません。さようなら」
「たのむ! 何でもする。どんなつぐないでもする。だから、わたしをおいていかないでくれ!」
必死にあやまる男の姿に、心をうたれたお嫁さんは、
「・・・では、もし本当にわたしが大切なら、本当にわたしに会いたいのなら、わらじを千足つくって、天にのぼってきなさい。そうすれば親子三人、今まで通り暮らす事が出来るでしょう」
と、言うと、お嫁さんは子どもとともに、天高くのぼっていってしまいました。
「わらじを千足だな。よし、つくってやる!」
ほうろく売りはお嫁さんに会いたい一心で、毎日毎日、朝から晩までごはんも食べずに、わらじをつくりました。
何日もかかって、やっと九百九十九足のわらじが出来ました。
(よし、あと一足だ。あと一足で、あいつと子どもに会えるんだ)
そう思うと、ほうろく売りはがまん出来なくなり、一足たりないまま外へ飛び出すと、天に向かって、
「おーい、はやくむかえにきてくれー!」
と、叫びました。
すると天から、ひとかたまりの雲がおりてきました。
ほうろく売りがその雲に乗ると、雲は上へ上へとのぼっていきました。
ところがわらじが一足たりないため、あと少しの所で天の国へ着くというのに、それっきり雲が動かなくなりました。
「あっ、あなた、本当にきてくれたのね」
天女は一生懸命に手を振っているほうろく売りを見つけると、はたおりの棒を下へのばしました。
ほうろく売りはその棒につかまり、何とか雲の上に出ることが出来たのです。
さて、天女の家にはおじいさんとおばあさんがいて、赤ちゃんのおもりをしています。
「この人が、この子のお父さんです」
天女はほうろく売りを、二人の前につれていきました。
でも二人は怖い顔で、ほうろく売りをにらみました。
何とかして、ほうろく売りを追い返そうと考えていたのです。
そこでほうろく売りにザルをわたして、それで水をくんでくるように言いました。
穴のたくさん開いたザルでは、水をくんでくることが出来ません。
ほうろく売りが困っていると、お嫁さんはザルにあぶら紙をしいてくれました。
ほうろく売りはそれに水をくんで、二人のところへ持っていきました。
「うむ、人間にしてはなかなか知恵がある。ほうびに、このウリをやろう。横に切って食べろ」
そう言って、おじいさんはほうろく売りに大きなウリをくれました。
天の国では、ウリをたてに切って食べます。
もし横に切ったら、水がどんどん出てきて止まらなくなるのです。
そんな事とは知らないほうろく売りが、ウリを横に切ったから大変です。
切り口から水がふきだして止まらなくなり、ほうろく売りは天の川に流されて、どんどん遠くへ行ってしまいました。
それを見て、お嫁さんが叫びました。
「あなたーっ、父母を説得して、月に一度、水の流れを止めてもらいます。毎月の七日に会いに来てください」
ところがほうろく売りは、水の流れの音のために聞きちがえて、
「よし、わかった。毎年の七月七日だな」
と、言って、そのまま流されてしまいました。
こうして二人は、年に一回、七月七日の七夕にしか会えなくなったという事です。