むかしむかし、あるところに、一人のお百姓(ひゃくしょう)さんがいました。
毎日、田畑へ出て一生懸命に働きますが、ちっとも暮らしが楽になりません。
そのため、もう四十才を過ぎているのに、嫁さえもらう事が出来ないのです。
さて、そのお百姓の隣に住んでいるのは村一番の長者(ちょうじゃ)で、倉(くら→食物を貯蔵する倉庫)には米俵(こめだわら)が山のようにつんでありました。
いくら贅沢をしても困らないのに、この長者はひどいケチで、家で飼(か)っていた一匹のメスネコにさえ、
「近ごろは、飯を食いすぎる」
と、言って、家から放り出してしまったのです。
お百姓さんが寝ていると、夜中に家の外でネコの鳴き声がします。
気になって戸を開けてみたら、長者の家のネコが寒そうにふるえているではありませんか。
「どうした? こんなところにいると、こごえ死んでしまうぞ」
お百姓さんはネコをかかえて家に入れると汚れた体をふいてやり、
自分のふとんの中へ入れてやりました。
次の日、長者の家へネコを届けに行くと、
「そいつは、もうわたしの家のネコでない」
と、言うので、お百姓さんは仕方なく、自分で飼う事にしたのです。
お百姓さんは何でもネコと分けあって食べ、まるで自分の子どものように可愛がりました。
嫁のいないお百姓さんは、ある晩、ネコをひざにのせながらひとり言を言います。
「もしお前が、人間だったらなあ。おれが畑へ出ている間に、家で麦の粉をひいてくれたら、どんなに暮らしが楽になるか」
するとネコは、うれしそうに、
「ニャアー」
と、鳴きました。
「おや? お前は、わしの言葉がわかるのか? ・・・いや、そんなはずはない」
お百姓さんは、いつものようにネコをふところに抱いて寝ました。
さて、次の日の夕方、お百姓さんが畑からもどってくると、
明かりもないのに家の中からゴロゴロと石うすをひく音が聞こえてきます。
不思議に思って中をのぞいてみたら、なんとネコが石うすで麦をひいているではありませんか。
「お前、本当にわしの言うことがわかるのか? いや、ありがとう」
お百姓さんは喜んで、その粉で団子を作り、ネコと一緒に食べました。
それからというものお百姓さんのいない時はいつもネコが石うすをひいてくれるので、お百姓さんはとても助かりました。
ある晩、お百姓さんがいろりにあたっていると、そばにいたネコが突然人間の言葉をしゃべったのです。
「おかげさまで、とても幸せな毎日が送れます。
でも、このままでは石うすしかひく事が出来ません。
この上は人間になって、あなたのためにもっとつくしたいと思います」
お百姓さんは、やさしくネコの顔を見て言いました。
「ありがとう。
でも、粉をひいてくれるだけで十分だ。
お前がいるおかげで、ちっともさみしくない。
どうか、わしのところにずっといておくれ」
するとネコは、涙を流しながら言いました。
「わたしは、なんて幸せ者でしょう。
長者さんはお金持ちでも、わたしをちっとも可愛がってはくれませんでした。
それなのに、あなたは。
・・・お願いです。
わたしを、お伊勢参り(いせまいり)に行かせてください。
必ず人間になって、もどってきますから」
それを聞いてお百姓さんは、このネコがますます可愛くなりました。
「よし、わかった。行っておいで」
お百姓さんがネコのために、なけなしのお金を袋(ふくろ)に入れて首に結びつけてやると、ネコは喜んで家を出ていきました。
それからしばらくして、ネコは無事にお伊勢さんへ着く事が出来ました。
ネコは神さまのいる社(やしろ)の前へ行き、手を合わせて言いました。
「神さま、どうかわたしを人間にしてください。わたしを可愛がってくれる人のために、もっともっとつくしてあげたいのです」
すると、どうでしょう。
ネコはいつのまにか、美しい人間の娘になっていたのです。
人間になったネコは大喜びで、お百姓さんの待つ家へもどっていきました。
お百姓さんが持たせてくれた金のおかげで、安い宿屋(やどや)に泊まる事も出来ました。
お百姓さんは美しい娘を見て、これがあのネコとはどうしても思えません。
「お前、本当に人間になれたのか?」
「はい、神さまのおかげで、すっかり人間に変わりました。もう二度と、ネコにもどることはありません」
そこでお百姓さんは、人間になったネコと夫婦になりました。
きれいでやさしいネコの嫁は、家の仕事から畑仕事まで人間以上に働きます。
おかげでお百姓さんは隣の長者をしのぐ長者となり、いつまでも幸せに暮らしたということです。