むかしむかし、仁王(におう)という大変な力持ちがいました。
もう日本では、仁王にかなう者はいません。
「唐の国(からのくに→中国)に、どっこいという力持ちがいると聞いたが、どーれ、出かけて行って、すもうでもとってくるか」
仁王は舟に乗って唐の国に行くと、どっこいの家に行きました。
「どっこいは、いるかな? 日本一の仁王さまが、力比ベに来たぞ」
すると家の中から、おばあさんが出てきました。
「ああ、どっこいは、じきに帰って来るよ。少し、待ってください」
おばあさんはそう言って、せっせとお昼ご飯のしたくを始めました。
仁王が見ていると、おふろよりも大きなカマがあって、そこにお米を何俵も入れています。
仁王は思わず、おばあさんにたずねました。
「そんなにいっぱいご飯をたいて、祭りでもあるのか?」
「いんや、これはおらとじいさまと、あとはおらの子どものどっこいの三人で食べるよ」
「これを、三人で・・・」
仁王も大食いで有名ですが、これにはとてもかないません。
「あの、ちょっくら、お便所を貸してくれや」
仁王は体がブルブルふるえてくるのをガマンして便所に入ると、そこの窓から逃げ出しました。
「どっこいというのは、きっと化け物に違いない。これは、逃げるが勝ちだ」
やがて浜辺に着いた仁王は舟に乗ると、大急ぎでこぎ出しました。
さて、間もなく家に帰ったどっこいは、戸口に大きな足あとがあるのを見つけました。
「でっかい足あとだな。こんな足をしているのは、日本の国の仁王しかいねえぞ。さては、力比べに来たな。おっかあ、仁王はどこにいるだ?」
どっこいが聞くと、おばあさんが言いました。
「あんれ、なんて長いお便所だベ」
そこで便所をのぞいて見ると、中は空っぽです。
「さては、逃げたな。ここまで来て、おらと勝負をしないで帰るなんて、うわさほどでもない弱虫だ。よーし、ひっとらえてやっつけてやる」
どっこいは長いくさりのついた大きなイカリをかついで、仁王の足あとを追いかけました。
「おーい、待てえ!」
どっこいが浜辺に着くと、仁王はもう舟をこぎ出して遠くにいます。
「逃がさないぞ!」
どっこいは仁王の舟に向かって、くさりのついたイカリを投げつけました。
「えいやっ!」
イカリはピューンと空を飛び、仁王の舟に突きささりました。
仁王はひっしで舟をこぎますが、どっこいが怪力でくさりをどんどん引っ張ります。
「このままでは、舟が引き戻されてしまう!」
その時、仁王は日本を出る時に、武家の神さまである八幡(やはた)さまにもらったヤスリの事を思い出しました。
このヤスリは、どんな鉄でも切れるヤスリです。
「八幡さま、お守りください」
仁王がヤスリでくさりをこすると、くさりはプッツリと切れました。
とたんに力一杯くさりを引っ張っていたどっこいは、ズデーンと海の中に尻もちをつきました。
どっこいは、切れたくさりを見ておどろきました。
「仁王とは、何という怪力だ。おらでも、このくさりは切れないのに。・・・勝負しなくてよかった」
それからです。
重い物を持つ時に、唐の国では『におう』とかけ声をかけ、日本では『どっこいしょ』と言うようになったのは。