むかしむかし、鬼の親子が深い山奥に住んでいました。
ある日の事、鬼は子どもの鬼を肩に乗せて、山のふもと近くまで散歩していました。
すると一人のおじいさんが小さな女の子の手を引いて、トボトボとやって来ます。
おじいさんは悲しそうにため息をつくと、空に手を合わせておがみだしました。
気になった鬼は、思わず声をかけました。
「じいさん、何をしとる?」
いきなり雷の様な声で尋ねられたおじいさんがびっくりして顔を上げると、頭上から恐ろしい顔の鬼が見下ろしています。
「ヒェーーッ!」
思わず腰を抜かしたおじいさんに、鬼は少し声を小さくして優しく言いました。
「怖がる事はない。何をしとるか、言ってみな」
「はい。
わしらはこの下の浜辺の者で、みんな海で働いております。
だが、毎年夏になると海が荒れて、浜のみんなが犠牲になります。
この孫の両親も夏の大波にさらわれ、わしと孫は二人ぼっちになってしまいました。
そこで神さまに、もう海が荒れん様にと、お祈りしていたところです」
「そうか、それは気の毒にのう」
それからしばらくたった、ある日の朝。
鬼が目を覚ますと、外は大変な嵐でした。
鬼は、あのおじいさんの事を思い出すと、うなり声をあげて立ちあがりました。
そして鬼は、小山ほどもある岩に抱きつくと、
「うりゃあっ!」
と、岩を持ちあげて、ズデーンと放り出しました。
続けてもう一つの大岩も持ちあげ、ズデーンと放り出しました。
そして鬼は長い鉄棒で二つの岩に穴を開けると団子の様に突き刺し、岩を通した鉄棒をかつぎあげて子鬼にやさしく言いました。
「おとうは浜へ行く。お前はここで待っとれ」
「いやだ、いやだ、おれも行く」
「・・・そんなら、この岩の上に乗れ」
鬼は腰が砕けそうになるのをこらえて、一歩一歩と山を下って行きました。
浜では大波が白いキバの様に、ドドーッと押し寄せて来ます。
村人が波に流されまいと、家や岩に必死でしがみついています。
鬼は子鬼に言いました。
「さあ降りろ、お前はここで待っとれ」
「いやだ。おとうと離れん」
子鬼は首を振って、降りようとはしません。
「・・・ようし、そんなら泣くなよ!」
鬼はそう言うと、海へ足を進めました。
大波が狂った様に押し寄せ、鬼にぶつかってきます。
すさまじい波に足を取られながらも、鬼は必死で前に進みました。
そして頭まで波につかった鬼は、岩の上の子鬼をおぼれさせまいと岩を高くさし上げ、そのまま海に入りついに姿が見えなくなってしまいました。
波は鬼の体とさし上げた岩にさえぎられて、やがて静かになっていきました。
そしていつの間にか、鬼の体は岩になりました。
「おとう!」
岩の上の子鬼は、ワンワンと泣きました。
泣いて泣いて泣き疲れて、その子鬼もとうとう小さな岩になりました。
今でもこの浜には二つの大岩と、その上にちょこんと乗っている小岩があるそうです。