むかしむかし、吉四六さんと言う、とてもゆかいな人がいました。
ある年の暮れの事、吉四六さんがお正月に必要な物を町へ買いに来ていると、突然横道から女の子の泣き声がして、続いて大勢の子どもたちが騒ぐ声が聞こえて来ました。
「はて、何事だろう?」
吉四六さんが急いでその横道に入ってみると、子どもたちがある侍屋敷の裏門の周りに集まって騒いでいるのです。
後ろからのぞいてみると、門のわきにつないである一匹の猛犬が、きれいなマリをくわえて子どもたちをにらみつけながら、
「ウー! ウー!」
と、うなり声をあげているのです。
吉四六さんが子どもたちに話を聞いてみると、この町の油屋の娘が落とした大切なマリを、犬がくわえて放さないというのです。
子ども好きの吉四六さんは、泣いている油屋の娘に言いました。
「よしよし、心配するな。おじさんが取ってやるからな」
吉四六さんは犬に手を出して、犬をなだめようとしましたが、
「ウッーー!」
犬はせっかく手に入れたおもちゃを取られると思い、ちょっとでも近づくと噛みつく姿勢を取ります。
「こりゃ、知らない人では駄目だな。飼い主でなくては」
吉四六さんは家の中に声をかけましたが、あいにくとみんな出かけているらしく、家には一人もいません。
「こうなると、エサでつるしかないな」
そこで吉四六さんは、正月用に買ってきたおもちを一つ、犬に放り投げたのですが、この犬は普段から良くしつけてあるので、飼い主がやるエサしか食べないようです。
さすがの吉四六さんも、相手が犬ではいつものとんちが働きません。
油屋の娘を見ると、吉四六さんが何とかしてくれると思い、真っ直ぐな目でじっと吉四六さんを見つめています。
「うーん、これは難題だな」
しばらくの間、犬の顔をじっと見つめていた吉四六さんは、
「あ、そうだ! 確か買った物の中に、嫁さんに頼まれていたあれがあるはず」
吉四六さんは荷物の中から何かを取り出すと、すたすたと犬に近づいて、取り出したある物を犬の鼻先にさし向けました。
すると犬は驚いて、
「ワン!」
と、吠えたのです。
そのとたんマリは犬の口から離れて、コロコロと吉四六さんの前に転がってきました。
吉四六さんは素早くマリを拾い上げると、喜ぶ油屋の娘にマリを返してあげました。
「おじさん、ありがとう。でも、何で犬はマリを放してくれたの?」
尋ねる油屋の娘に、吉四六さんはさっき犬に見せた物を見せました。
「あ、かがみだ!」
犬はかがみに映った自分の姿を見て、かがみの中に別の犬がいると思い、その犬に向かって吠えたのでした。