むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
ある春の日の事、殿さまが二十人ばかりの家来を連れて、お花見へ出かける事になりました。
そのお花見には、殿さまのお気に入りの彦一も呼ばれています。
そして出発の時、殿さまがみんなに言いました。
「みんなには花見の荷物を運んでもらうが、どれでも好きな物を持って行くがよいぞ」
すると家来たちは、
(では、何を持って行こうかな)
と、前に並べられた荷物を、グルリと見回しました。
そこには殿さまが腰をかけるいす、地面にしく毛せん、茶わんや皿や土びん、つづみやたいこなどの鳴物道具(なりものどうぐ)に、とっくりやさかづきなどの酒もり道具。
他には歌をよむ時の筆やすずりやたんざくなどもあります。
どうせなら軽い物が良いと、家来たちは我先にと軽い荷物を選んでいきます。
そんな様子を彦一がじっと見ていると、最後に残ったのは竹の皮にくるんだにぎりめしや、おかずの入っている包みだけでした。
(はは~ん、食べ物は重いから、誰も手を付けないな。しかしこれは、いい物が残ってくれたぞ)
彦一は、わざとガッカリした様子で言いました。
「何と、こんなに重たい物しか残っていないとは・・・」
そして重そうに弁当の包みをかつぐと、みんなのあとをついて行きました。
それを見た家来たちは、
(知恵者と評判の彦一だが、あんな重たい物をかつぐとはバカな奴じゃ)
と、クスクスと笑いました。
さて、お目当ての山に到着した一行は、囲いのまくをはり、毛せんをしいて荷物を広げると、彦一の持って来たお弁当を食べる事にしました。
そして花をながめるやら、踊るやら、歌をつくるやら、酒盛りをするやらして、みんな思う存分にお花見を楽しみました。
そしていよいよ、お城ヘ帰る事になり、家来たちが持って来た荷物をかたづけていると、彦一が殿さまに言いました。
「殿さま。このまま行きと同じ道を帰るのですか?」
「ふむ。と、言うと?」
「ごらんくだされ。向こうの山も、あの通りの見事な花盛りでございます。いかがでしょう。ひとつあの山の花をながめながらお帰りになっては」
「なるほど、それはよい事に気がついたな」
殿さまは大喜びで、さっそく家来たちに言いました。
「まだ日も高いし、向こうの花をながめながら帰ろうと思うが、どうじゃ?」
それを聞いた家来たちは、荷物をかついで向こうの山をこえるなんてまっぴらと思いましたが、殿さまの言葉には逆らえません。
「はい。お供いたします」
と、しぶしぶ頭を下げました。
すると彦一が、
「では殿さま。わたくしがご案内いたします」
と、みんなの先に立って歩きます。
殿さまが家来たちを見ると、みんな大きな荷物を持っていますが、けれど彦一は小さくたたんだふろしきを腰にぶら下げているだけです。
殿さまは不思議に思って、彦一に尋ねました。
「これ彦一。お前の荷物はどうした?」
すると彦一は、ニッコリ笑って言いました。
「はい、わたしの荷物は、みなさんのお腹の中にございます」