むかしむかし、善六(ぜんろく)という木びき(→木を切り倒す仕事)がいました。
大男のくせに怠け者でしたから、一日かかっても仲間の半分ほどしか仕事がはかどりません。
「善六かよ、あいつはとてもものになるめえ」
みんなは善六を、『木びき』でなく『小びき』だと馬鹿にしていました。
それを聞いて、善六は面白くありません。
そこで近くの神社にお参りをして、日本一の大びきになれる様に願をかけるとにしたのです。
「何とぞ神さま、神社の前に寝そベっている大きな石のウシをひける程の力を授けたまえ」
やがて、満願(まんがん→願かけが終わる日)の日が来ました。
善六は試しに、寝そべりウシをひいてみる事にしました。
ギイコー、ギイコー・・・
善六のノコギリは、たちまち石で出来た大きなウシを、真っ二つに切り割ってしまいました。
「やった! もう今までの『小びき』の善六ではないぞ! これからは『大びき』の善六さんと呼んでもらおうか」
ところが山へ入って仕事にとりかかったものの、さっぱり仕事がはかどりません。
石を真っ二つに出来たノコギリなのに、うまく木が切れないのです。
その様子を見ていた親方が、ゲラゲラと笑いました。
「善六よう。願かけが間違っていたんじゃねえか? 木びきは木をひくのが仕事だぞ。お前は石をひくとしか頭になかったろうが」
それを聞いて、善六はハッと目が覚めました。
「そうだ、おらは力持ちを良い事に、天狗になっていたのかもしれん。よし、もういっペん神さまにお願いしてみよう」
改心した善六の目からは、ポタポタと涙がこぼれていました。
「神さま、おらが間違っていました。心を入れ替えて、ちっこい丸太をひく事からやり直します。どうか見守って下さいまし」
そして善六が一晩中かかって、やっと一本の丸太をひき終えた時、善六の腕にはまるで石の様な力こぶが出来ていました。
善六は、その日から人が変わった様に仕事に励みました。
励むにつれて、その仕事の確かさが評判になっていきます。
ある時、江戸の工事現場ヘ出かけた事がありました。
主人は大きなノコギリを背負って現れた善六を見ると、ちょっとからかってやろうと思いました。
「おい若い衆。一丁ひいてみな。ただし、スミの通りだぞ」
そう言って、大きな丸太にスミで波の様な模様(もよう)を描いたのです。
「はい」
善六は短く返事をすると、たちまち波の様な模様をひき終えました。
大ノコギリ一つで、これほどの難しい模様をひき切るのは大変な事です。
「これは参った。大した腕前だ」
こうして善六の名は、江戸でも有名になりました。
木びきの仲間たちは、
「善六かよ。ありゃあ、ただの木びきじゃねえ。『大びき』というもんだ。あのくらいのひき手は、広い江戸にも他にあるみゃあよ」
と、うわさしたそうです。