むかしむかし、ある村に、偉い和尚(おしょう)さんの一行が泊まる事になりました。
その為に村では前もって、こんなおふれがまわりました。
《和尚さまは犬が苦手だから、イヌは必ずしっかりとつないでおくように。また、ご飯を食べるところとお風呂に入るところは、決してのぞかないように》
さて、和尚さんの宿となった庄屋さんの家では、大変な気の使いようです。
ご飯の時もお風呂の時も周りにびょうぶをめぐらせて、誰にものぞかれないようにしました。
でも、後片付けをした人は、
「あれまあ。何て、お行儀の悪い和尚さんだろう」
と、あきれました。
何しろ、ご飯があちこちに飛び散っているし、お風呂もあちこちにお湯が飛び散っているのです。
まるでイヌやネコがご飯を食べたり、お風呂に入ったりした後のようです。
その夜、庄屋さんが和尚さんに頼みました。
「和尚さま。どうかお泊まりいただいた記念に、一筆、お願いいたします」
すると和尚さんは筆を取って、スラスラスラッと何やら難しい字を書いてくれました。
けれど上手すぎるのか下手すぎるのか、その字は誰にも読めません。
次の朝、和尚さんがカゴに乗って出発しようとしたのですが、どこからか二匹ののら犬が現れて、あっという間に和尚さんを噛み殺してしまったのです。
さあ、大変です。
すぐに村人が、和尚さんのお寺に知らせに行きました。
すると不思議な事に、村へ行く予定だった和尚さんは病気で寝ていると言うのです。
そしてその和尚さんが言うには、村へ行った和尚さんと言うのは、お寺のやぶに住んでいたタヌキではないかと言うのです。
何でも、お寺の山門を直す為に和尚さんが寄付を集めに出かけようとしたのですが、病気でそれが出来なくなり、和尚さんに可愛がられていたタヌキが病気の和尚さんの身代わりとなって寄付を集める旅に出かけたのではないかと言うのです。
その話を聞いた庄屋さんと村人たちは、
「そう考えれば、奇妙なおふれも納得できる。可愛がってもらった和尚さまに恩返しするとは、タヌキとはいえ感心な心がけじゃ。お寺へ運んで、供養してもらおう。」
「ゆうべ書いてもらった字は、家の家宝としよう」
と、涙を浮かべて言いました。
やがてこの話しが広まり、山門を直すための寄付がたくさん集まったので、お寺には見事な山門が出来たということです。