清華女子学園中等部の生徒が悪戯された事件で、菊池文彦が警察から疑われているのは明白だった。まず木曜日の午前中、彼は応接室で刑事から質問を受けた。何を訊かれたのか、それについてどう答えたのか、彼は誰にも教えなかった。教室に戻ってきてからも、暗い顔でずっと黙っているだけだった。無論、そんな彼に話しかける者などいない。連日刑事がやってくる異常事態に、誰もがただならぬ気配を感じとっていた。
雄一も菊池には言葉をかけづらかった。達磨のキーホルダーのことを刑事に話したという負い目もあった。
金曜日の午前中、またしても菊池は呼ばれて教室を出ていった。出口に向かって机の間を歩いていく時、彼は誰とも目を合わせなかった。
「清華の女が襲われたらしいな」菊池が出ていった後で同級生の一人がいいだした。「それであいつが疑われてるそうや。現場にあいつの持ち物が落ちてたらしい」
「誰に聞いたんや、そんな話」と雄一は訊いた。
「先公らの話を立ち聞きした奴がおるんや。かなりやばい事件みたいやで」
「襲われたってどういうことやねん。姦《や》られたてことか」別の男子が訊いた。目に好奇の光が宿っている。
「そういうことやろ。それに、金もとられてるそうやぞ」いいだしっぺは、声をひそめて情報を流した。
なるほど、という顔を周りにいる全員がしたように雄一は感じた。菊池の家が豊かでないことを、皆が思い出したのだろう。
「でも菊池は、やってないというてるんやろ」雄一はいってみた。
「本人はその時間、映画に行ってたというてるみたいやな」
そいつは怪しいと一人がいい、何人かが頷いた。正直に白状するわけがない、という者もいた。
集まった者の中に桐原がいるのを見て、雄一は少し意外な気がした。こういうことには首を突っ込まないタイプだと思っていたからだ。それとも先日の写真の件で、菊池のことが気になっているのだろうか。
そんなことを考えながら雄一が見ていると、やがて桐原と目が合ってしまった。桐原はほんの一、二秒間雄一のことを見つめると、同級生たちの輪からすっと抜け出した。