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白夜行3-7
日期:2017-01-17 09:36  点击:464
 友彦のもとへ刑事が来たのは二日後の夕方だった。白い開襟シャツを着た中年の刑事と、水色のポロシャツを着た刑事の二人組だった。彼等が友彦のところへ来たということは、やはり夕子の夫が彼女と友彦の関係に気づいていたということになる。
「友彦君にちょっと訊きたいことがあるんですわ」と開襟シャツの刑事がいった。どういう事件に関することかはいわなかった。最初に応対に出た房子は、警察の人間が来たということだけでおろおろしていた。
 友彦は近所の公園に連れていかれた。日は落ちていたが、ベンチにはまだ昼間の熱が残っていた。そのベンチに開襟シャツの刑事と並んで座った。水色ポロシャツの男は、友彦の前に立った。
 ここに連れてこられるまでの間、友彦はなるべく口をきかないようにしていた。不自然に見えたかもしれないが、無理に平静を装おうとはしなかった。それが桐原のアドバイスでもあった。
「高校生が刑事を前にして平然としとったら、そっちのほうがおかしいからな」と彼はいった。
 開襟シャツの刑事はまず彼に一枚の写真を見せ、「この人を知ってるか」と尋ねた。
 その写真には花岡夕子が写っていた。旅行に行った時のものだろうか、後ろに青い海が広がっている。夕子はこちらを見て笑っていた。髪は少し短めだった。
「花岡さん……でしょ」友彦は答えた。
「下の名前も知ってるやろ」
「夕子さん、やったかな」
「うん、花岡夕子さんや」刑事は写真をしまった。「どういう関係?」
「どういう関係て……」友彦はわざと口ごもった。「別に……ただの知り合いです」
「せやからどういう知り合いかと訊いてるんや」開襟シャツの口調は穏やかだが、少し苛立ったような響きがあった。
「正直にいうてみろや」ポロシャツの刑事がいった。口元に嫌味な笑いが張り付いている。
「一か月ほど前、心斎橋を歩いてる時に話しかけられたんです」
「どんなふうに?」
「時間が空いてるんなら、ちょっとお茶に付き合ってくれへんかって」
 友彦の答えに、刑事たちは顔を見合わせた。
「それで、ついていったんか」と開襟シャツの刑事が訊いた。
「奢ってくれるていうから」と友彦はいった。
 ポロシャツが、鼻からふっと息を吐いた。
「茶を飲んで、その後は?」開襟シャツのほうがさらに訊いてくる。
「お茶を飲んだだけです。店を出た後は、すぐに帰りました」
「なるほどな。けど、会《お》うたんはその時だけやないやろ」
「その後……二回会いました」
「ほう、どんなふうに」
「電話がかかってきたんです。今、ミナミにおるけど、暇やったらまたお茶に付き合《お》うてくれへんか、と……まあ、そういう感じです」
「最初に電話に出たのは、お母さんか」
「いえ、たまたま二回とも僕が出ました」
 友彦の答えは刑事にとっては面白くなさそうだ。下唇を突き出した。
「で、行ったわけか」
「行きました」
「行ってどうした。茶を飲んで帰っただけか。そんなことはないやろ」
「いえ、それだけです。アイスコーヒーを飲んで、ちょっとしゃべって帰りました」
「ほんまにそれだけか」
「それだけです。それだけやったらあかんのですか」
「いや、そういうわけやないけど」開襟シャツの刑事は首筋をこすりながら、友彦の顔をじろじろと眺めた。少年の表情から何かを読み取ろうとする目だった。「君の学校は共学やろ。女友達も何人かおるはずや。なにも、あんな年増女の付き合いする必要はないんと違うか」
「僕は暇やったから付き合《お》うただけです」
「ふうん」刑事は頷いたが、信用していない顔だ。「小遣いはどうや。もろたんか」
「受け取ってません」
「それはどういう意味や。金は渡されたけど、受け取ってないという意味か」
「そうです。二回目に会《お》うた時、花岡さんが五千円札をくれようとしたんです。でも受け取りませんでした」
「なんで受け取れへんかったんや」
「何となく……そんなお金をもらう理由がないし」
 開襟シャツの刑事は頷き、ポロシャツの刑事を見上げた。
「どのへんの喫茶店で会《お》うとった?」ポロシャツが尋ねてきた。
「心斎橋にある新日空ホテルのラウンジです」
 これは正直に答えておいた。夕子の夫の知り合いに目撃されていることを知っているからだ。
「ホテル? そんなところへ行って、ほんまにお茶だけで済んだんか。そのまま二人で部屋に入ったんと違うんか」ポロシャツの刑事の口調は乱暴でぞんざいだった。主婦の暇つぶしに付き合っていた高校生を心底馬鹿にしているのだろう。
「お茶飲みながら、ちょっとしゃべっただけです」
 ポロシャツは口元を歪め、ふんと鼻を鳴らした。
「一昨日の夜やけど」開襟シャツの刑事が口を開いた。「学校が終わってから、どこへ行った?」
「一昨日……ですか」友彦は唇を舐めた。ここが勝負どころだ。「放課後、天王寺の旭屋をぶらぶらしてました」
「家に帰ったのは?」
「七時半頃です」
「それからはずっと家におったんか」
「そうです」
「家族以外とは顔を合わせてないわけやな」
「あ……ええと、八時頃に友達が遊びに来ました。同じクラスの桐原という奴です」
「キリハラ君? どういう字?」
 友彦は桐原という字を刑事に教えた。開襟シャツの刑事はそれを手帳にメモし、「その友達は何時まで家におった?」と尋ねてきた。
「九時頃です」
「九時。その後は何をしてた」
「テレビを見たり、友達と電話でしゃべったり……」
「電話? 誰から?」
「森下という奴です。中学時代の同級生です」
「電話でしゃべってたのは何時頃?」
「十一時頃にかかってきて、十二時過ぎまでしゃべってたと思います」
「かかってきた? 向こうからかかってきたわけ?」
「そうです」
 これにはからくりがあった。その前に友彦のほうから森下に電話をかけていたのだ。彼がアルバイトで留守だということを知っていて、わざとかけたのだ。そして彼の母親に、帰ったら電話が欲しいと伝えておいた。無論アリバイを確保するための細工だ。すべて桐原の指示に基づいたものだった。
 刑事は眉間に皺を寄せ、森下の連絡先がわかるかと訊いてきた。友彦は電話番号を暗記していたので、この場でそれを教えた。
「君、血液型は?」開襟シャツの刑事が訊いた。
「血液型? O型ですけど」
「O型? 間違いないか」
「間違いないです。うちの親が二人共O型ですし」
 刑事たちが急激に興味を失っていくのを友彦は感じた。その理由がよくわからなかった。あの夜、桐原も血液型を尋ねてきたが、目的については話してくれなかった。
「あのう」友彦はおずおず尋ねてみた。「花岡さんがどうかしたんですか」
「新聞、読んでへんのか」開襟シャツの刑事が面倒臭そうにいった。
 はあ、と友彦は頷いた。昨日の夕刊に小さく載っていたことは知っているが、ここでは知らないふりを通すことにした。
「あの人な、死んだんや。一昨日の夜にホテルで」
「えっ」友彦は驚いてみせた。これが刑事に見せた唯一の演技らしい演技だった。「どうして……」
「さあな、なんでやろな」刑事はベンチかち立ち上がった。「ありがとう。参考になったわ。また何か訊かせてもらうかもしれんけど、その時もよろしく」
「あ、はい」
 ほな行こか、と開襟シャツの刑事はポロシャツに声をかけた。二人は一度も振り返ることなく友彦から遠ざかっていった。
 事件のことで友彦に会いに来たのは、刑事だけではなかった。
 刑事が来てから四日後のことだ。学校の門を出て少し歩いたところで、後ろから肩を叩かれた。振り向くと髪をオールバックにした年配の男が、意味不明の笑みを浮かべて立っていた。
「園村友彦君だね」男は訊いてきた。
「そうですけど」
 友彦が答えると男はすっと右手を出してきた。その手には名刺が掴まれていた。花岡|郁雄《いくお》という名前が見えた。
 顔が青ざめてしまうのを友彦は自覚した。平然としなければと思うが、身体の硬直は止められない。
「君に訊きたいことがあるんだけど、今ちょっといいかな」男は標準語に近い言葉遣いをした。腹に響くような低音だ。
 はい、と友彦は答えた。
「じゃあ、車の中で話そうか」男は道路脇に止めてあるシルバーグレーのセダンを指した。
 友彦は促されるまま、車の助手席に座った。
「南署の刑事さんが君のところへ行っただろ」運転席に座った花岡が切り出した。
「はい」
「君のことを教えたのは私だよ。あいつのアドレス帳に電話番号が載っていたものだからね。迷惑だったかもしれんが、私としてもいろいろと納得できないことが多くてね」
 花岡が本気で友彦の立場を慮《おもんぱか》っているとは思えなかった。友彦は黙っていた。
「刑事さんから聞いたんだけど、あいつに何度か付き合わされたようだね」花岡が笑いかけてくる。もちろん目は少しも笑っていない。
「喫茶店で話をしただけです」
「うん、そう聞いた。あいつのほうから声をかけてきたんだって?」
 友彦は無言で頷いた。花岡は低く笑い声を漏らした。
「あいつは面食いで、おまけに若い男の子が好きだったからねえ。いい歳をして、アイドルタレントを見ては、きゃあきゃあいったりしたものだよ。君なんか、若いし、なかなかの美男子だし、あいつ好みだったかもしれないな」
 友彦は膝の上で両手の拳を結んだ。花岡の声には粘着質なところがあった。言葉の隙間から嫉妬心が滲み出てくるようでもあった。
「本当に話をしただけかい」改めて訊いてきた。
「そうです」
「何かほかのことに誘われたことはないかい。たとえば、ホテルに行こうとか」花岡は多少おどけたふりをしたようだ。だがその口調に明るいところなど全くなかった。
「そんなこと、一度もいわれてません」
「本当だね」
「本当です」上友彦は深く頷いた。
「じゃあ、もう一つ教えてほしいんだけど、君のほかに、そんなふうにしてあいつと会っていた者はいないかな」
「僕のほかに? さあ……」友彦は首を小さく傾げた。
「心当たりない?」
「はい」
「ふうん」
 友彦は俯いていたが、花岡が見つめてくるのを感じていた。大人の男の視線だった。刺されるような感覚に、気持ちは萎縮しきっていた。
 その時だった。友彦の横で、こつこつとガラスを叩く音がした。顔を上げると桐原亮司が覗き込んでいた。友彦はドアを開けた。
「園村、何をしてるんや。先生が呼んでるぞ」桐原はいった。
「えっ……?」
「職員室で待ってはる。早よ行ったほうがええぞ」
「あっ」桐原の目を見た途端、その狙いを察知した。友彦は花岡のほうを向いた。「あのう、もういいですか?」
 教師に呼ばれているとなれば、無視するわけにはいかない。花岡は少し心残りそうではあったが、「ああ、もういいよ」といった。
 友彦は車から降りた。桐原と並んで、学校に向かって歩く。
「何を訊かれた?」小声で桐原が尋ねてきた。
「あの人とのこと」
「とぼけたんやろ」
「うん」
「よし。それでええ」
「桐原、一体どうなってるんや。おまえ、何かしたんか」
「おまえはそんなこと気にするな」
「けど――」
 言葉を継ごうとした友彦の肩を、桐原はぽんと叩いた。
「さっきのやつがどこかで見てるかもしれんから、一応学校の中に入れ。帰る時は裏門から出るんや」
 二人は高校の正門の前に立っていた。わかった、と友彦は答えた。
 じゃあな、といって桐原は離れていった。その後ろ姿をしばらく見送った後、友彦はいわれたとおり学校に入った。
 この日以後、花岡夕子の夫は友彦の前に姿を現さなかった。また南署の刑事たちが来ることもなかった。
 

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