日语学习网
白夜行4-2
日期:2017-01-17 09:39  点击:453
 中道正晴は北大阪大学工学部電気工学科第六研究室で、グラフ理論を使ったロボット制御を卒業研究テーマに選んでいた。具体的には、一方向からの視覚認識のみで、その物体の三次元形状をコンピュータに推察させるというものだった。
 彼が自分の机に向かってプログラムの手直しを行っていると、大学院生の美濃部《みのべ》から声をかけられた。
「おい、中道。これを見てみろよ」
 美濃部はヒューレット?パッカード社製のパーソナル?コンピュータの前に座っていた。そのディスプレイ画面を見ながら正晴を呼んだのだ。
 正晴は先輩の後ろに立ってモノクロの画面を見た。そこには細かい升目が並んだ三つの画像と、潜水艦を模した絵が映っていた。
 この画面には見覚えがあった。『サブマリン』と、彼等が呼んでいるゲームだ。海底に潜んでいる相手方潜水艦を、極力早く撃沈しようとするものである。三つの座標に現れるいくつかのデータから、相手の位置を推測するというところが、このゲームの楽しみどころだ。もちろん攻撃に手間取っていると、敵にこちらの位置を悟られ、魚雷攻撃を受けることになる。
 このゲームは、正晴たち第六研究室の学生と大学院生が、自分たちの研究の合間に作ったものだった。プログラムを組むのも、それを打ち込むのも、すべて共同作業で行った。いわば裏の卒業研究といえるものだ。
「これがどうかしたんですか」と正晴は訊いた。
「よう見てみろよ。俺らの『サブマリン』と、ちょっと違うやろが」
「えっ」
「たとえば、この座標を表す模様とか。それに潜水艦の形もちょっと違う」
「あれ?」正晴は目を凝らして、それらの部分を観察した。「そういえばそうですね」
「変やろ?」
「ええ。誰《だれ》かがプログラムを書き換えたんですか」
「ところが、そうやないんや」
 美濃部はコンピュータを一旦リセットすると、横に設置してあるカセットデッキのボタンを押し、中のテープを取り出した。このカセットデッキは音楽を聞くためのものではなく、パーソナル?コンピュータの外部記憶装置だった。平たい円形の磁気ディスクに記憶させる方式をIBMがすでに発表しているが、パーソナル?コンピュータのレベルでは、まだカセットテープを記憶媒体として使うのが主流である。
「これを入れて、動かしてみたんや」美濃部はテープを正晴に見せた。
 テープのレーベルには、『マリン?クラッシュ』とだけ書いてあった。手書きではなく、印刷されたもののようだ。
「マリン?クラッシュ? 何ですか、これ」
「三研の永田が貸してくれた」と美濃部はいった。三研とは第三研究室の略だ。
「どうしてこんなものを?」
「これや」
 美濃部はジーンズのポケットから定期入れを取り出すと、さらにそこから折り畳まれた紙切れを引っ張り出した。雑誌の切り抜きのようだった。彼はそれを広げた。
 パーソナル?コンピュータ用ゲーム各種通信販売いたします――そういう文字が目に飛び込んできた。
 さらにその下に、製品名とそのゲームの簡単な説明文、そして価格を記した表が付けられている。製品は全部で三十種類ぐらいあった。価格は安いもので千円ちょっと、高いもので五千円強というところだ。
『マリン?クラッシュ』は表の中程にあった。ただし、他のものより太い文字が使われ、おまけに『面白度★★★★』と説明文にはある。太い文字で書かれているものは、他にも三つほどあるが、星が四つ並んでいるのはこれだけだった。販売主が、強く売ろうとしているのがよくわかる。
 売っているのは、『無限企画』という会社だった。正晴は見たことも聞いたこともない社名だった。
「何ですか、これ? こんな通信販売をしているところがあるんですか」
「最近時々見かける。俺はあんまり気にとめてへんかったけど、三研の永田は前から知ってたそうや。それでこの『マリン?クラッシュ』のゲーム内容が、俺らの作った『サブマリン』と似てるんで、気になってたらしい。で、知り合いに、ここへ注文して買《こ》うた者がおったから、試しに借りてみたんやて。そうしたらこのとおり、中身がそっくりやろ。びっくりして俺に知らせてくれたというわけや」
 正晴は唸《うな》った。何がどうなっているのか、さっぱりわからなかった。
「どういうことでしょう」
「『サブマリン』は」といって美濃部は椅子にもたれた。金具のきしむ音がぎしぎしと鳴った。「俺らのオリジナルや。まあ、正確にいうとマサチューセッツの学生が作ったゲームを下敷きにしてるんやけど、俺ら独自のアイデアで成り立っていることは間違いない。そんなアイデアを、全く別の人間が、別の場所で思いついて、しかも形にしてしまうなんていう偶然は、ちょっとありえへんのとちがうか」
「ということは……」
「俺らの中の誰かが、この『無限企画』っていう会社に、『サブマリン』のプログラムを流したとしか考えられへん」
「まさか」
「ほかにどういうことが考えられる? 『サブマリン』のプログラムを持ってるのは、作ったメンバーだけで、めったなことでは他人に貸さへんことになっているんやぞ」
 美濃部に問われ、正晴は黙り込んだ。たしかに、ほかに考えられることなどなかった。現実に『サブマリン』の類似品が、こうして販売されているのだ。
「みんなを集めましょうか」と正晴はいってみた。
「その必要があるやろな。もうすぐ昼休みやから、飯を食うたらここに集まることにしょうか。全員から話を聞いたら、何かわかるかもしれへん。もっとも、張本人が嘘をつかへんかったら、の話やけどな」美濃部は口元を歪め、金縁の眼鏡を指先で少し上げた。
「誰かが抜けがけして、あれを業者に売ったなんて、とても考えられませんけど」
「中道がみんなを信用するのは勝手や。けど誰かが裏切ったのは確実やねんからな」
「わざとやったとはかぎらないんじゃないですか」
 正晴の言葉に、大学院生は片方の眉を動かした。
「どういう意味や」
「本人が知らないうちに、誰かにプログラムを盗まれたということも考えられます」
「犯人はメンバーやのうて、その周りにいる人間というわけか」
「そうです」
 犯人という言い方には抵抗はあったが、正晴は頷いた。
「どっちにしても、全員から話を聞く必要があるな」そういって美濃部は腕組みをした。
『サブマリン』の製作に関わったのは大学院生の美濃部を含めて六人だ。その全員が昼休みに第六研究室に集まった。
 美濃部が事の次第を皆に報告したが、やはり誰もが心当たりはないといいきった。
「第一そんなことをしたら、こんなふうにばれるに決まってるやないですか。それがわからんほどあほやないですよ」四年生の一人は、美濃部に向かってこういった。
 また別の一人は、「どうせ売るなら、自分たちの手で売りますよ。みんなに相談してね。だって、そのほうが絶対に儲《もう》かるから」といった。
 プログラムを他人に貸さなかったか、という質問を美濃部がした。これについては三人の学生が、友達を遊ばせてやるために、短期間貸したといった。だがいずれも当人がその場におり、プログラムの複製を作る暇はなかったはずだと断言した。
「すると、あと考えられるのは、誰かのプログラムが勝手に持ち出されたということか」
 美濃部はいい、プログラムの入ったテープの管理について全員に尋ねた。だがそれを紛失したといった者はいなかった。
「全員、もういっぺんよう思い出してみてくれ。俺らでなかったら、俺らの周りにいる誰かが、勝手に『サブマリン』を売り飛ばしたということなんやからな。で、それを買い取った奴が、堂々とそれを売って商売しとるということや」美濃部は悔しそうな顔でそういい、皆を見回した。
 解散した後、正晴は自分の席に戻って、もう一度記憶を確認した。だが少なくとも自分のテープが誰かに持ち出された可能性はないという結論に達していた。彼は他のデータが入ったテープと一緒に『サブマリン』のテープも、ふだんは自宅の机の引き出しにしまっている。持ち出した時でも、常に手元からは離さなかった。研究室にすら放置したことは全くない。つまりほかの誰かが盗まれたとしか考えられなかった。
 それにしても、と彼は全く別の感想を今度のことで持っていた。自分たちが遊ぶ目的で作ったプログラムが、こんなふうに商売になるとは全く思わなかった。もしかしたらこれは、新しいビジネスなのかもしれない――。

分享到:

顶部
11/25 09:44