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白夜行10-3
日期:2017-01-17 10:40  点击:392
 奇妙な金属音がして今枝は我に返った。顔を上げると高宮誠が呆然とした顔で立ち尽くしていた。
「あ、ああ……」高宮は持っていたクラブの先を見て、口を大きく開いた。クラブの先端がぽっきりと折れていた。
「あっ、折れちゃいましたか」今枝は周囲を見回した。高宮がいる場所から三メートルほど先に、クラブのヘッドが落ちていた。
 周りの客たちも事態に気づいたらしく、打つのをやめて高宮を見ている。その間に今枝は前に出ていき、折れたクラブヘッドを拾った。
「あっ、どうもすみません。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」高宮は先端のないクラブを握ったまま、途方にくれた様子でいった。顔が青ざめている。
「金属疲労というやつでしょう。この五番アイアンは、かなり酷使しましたからね」今枝はいった。
「申し訳ありません。ちゃんと打ってたつもりなんですけど……」
「ええ、わかっています。昔、私がちゃんと打たなかったことのツケが、今日こういう形で出たということでしょう。私が打っていても折れていたはずです。どうか気にしないでください。それより怪我はありませんか」
「はい、それは大丈夫です。あの……これは僕に弁償させてください。折ったのは僕ですから」
 高宮がいったが、今枝は顔の前で手を振った。
「そんな必要はありません。どうせ時間の問題で折れていたものなんですから。弁償なんかしてもらったら、こっちが恐縮します」
「でもそれでは僕の気が済みませんから。それに弁償するといっても、僕の懐が痛むわけではないんです。保険を使うんです」
「保険?」
「ええ。ゴルファー保険に入っているんですよ。しかるべき手続きをすれば、全額保険金で賄えるはずです」
「でもこれは私のクラブだから、保険は使えないんじゃないのかな」
「いや、たぶん使えるはずです。ここのプロショップで訊いてみましょう」
 高宮が折れたクラブを手にロビーのほうに向かったので、今枝も後を追った。
 プロショップはロビーの一画に作られていた。高宮は顔馴染《かおなじ》みらしく、日焼けした顔の店員が彼を見て挨拶した。高宮は折れたクラブを見せて事情を説明した。
「ああ、それなら大丈夫です。保険金は出ますよ」店員は即座にいった。「保険金を請求するのに必要なのは、破損があった場所の証明書と、折れたクラブの写真、それから修理代金の請求書だったと思います。そのクラブが本人のものかどうかなんてことは証明できませんものね。うちのほうで必要な書類は揃えますから、高宮さんは保険屋さんに連絡しておいてください」
「よろしくお願いします。あの、それで修理には何日ぐらいかかりますか」
「そうですね。同じシャフトを見つけなきゃいけないから、二週間ぐらいはかかるかもしれません」
「二週間……」高宮は困った顔で今枝のほうを振り返った。「それでかまいませんか」
「ええ、平気です」今枝は笑いながらいった。二週間後となると、次のラウンドには間に合わないかもしれなかったが、クラブの一本ぐらいなくてもスコアにさほどの違いが出るとは思えなかった。何より、これ以上この男に気を遣わせたくなかった。
 その場でクラブの修理を依頼し、今枝たちは店を出た。
「あら、誠さん」
 二人が再び練習場に向かおうとした時、誰かが高宮に声をかけてきた。声の主を見て、今枝は思わず口元を引き締めた。知っている顔だった。三沢千都留だ。彼女の後ろに長身の男が立っていたが、こちらは知らない顔だ。
「よお」と高宮は二人にいった。
「もう練習は終わったの?」と千都留は訊いた。
「いや、それがちょっとしたアクシデントがあってね。こちらの方に大変な迷惑をかけちゃったんだ」
 高宮は事情を千都留たちに話した。聞いているうちに彼女の顔は曇っていった。
「そうなんですか。どうもすみませんでした。クラブを借りるだけでも厚かましいのに、折っちゃうなんて……」千都留は今枝に頭を下げた。
「いや、本当にいいんです」今枝は手を振ってから、「ええと、奥さんですか」と高宮に訊いた。
 ええまあ、と高宮は少し照れを滲《にじ》ませた顔で答えた。
 すると不倫は無事に成就したわけか、珍しいこともあるものだと今枝は思った。
「怪我をした人はいないのかな」千都留の後ろに立っていた男が訊いた。
「それは大丈夫だ。あ、それより、名刺をお渡しするのを忘れていました」高宮はゴルフスラックスのポケットから財布を出し、そこに入れてあった名刺を今枝のほうに差し出した。
「高宮といいます」
「あ、これはどうも」
 今枝も財布を出した。彼もそこに名刺を入れていた。だが一瞬迷った。どの名刺を渡せばいいだろうかと考えたのだ。彼は常時数種類の名刺を持ち歩いている。いずれも名前や肩書きが違うのだ。
 結局彼は本物の名刺を渡すことにした。ここで偽名を使っても無意味だし、今後高宮たちが顧客になってくれないともかぎらないからだ。
「へえ、探偵事務所の方だったんですか」今枝の名刺を見て、高宮は不思議そうな顔をした。
「何かありましたら、是非ご用命を」今枝は軽く頭を下げた。
「浮気調査とかなさるんですか」千都留が訊いてきた。
「ええ、それはもう」今枝は頷いた。「一番多い仕事といえるでしょうね」
 彼女はくすりと笑い、高宮にいった。「じゃあそのお名刺、あたしが預かっておいたほうがよさそうね」
「かもしれないな」高宮は、にやにやして応じた。
 今枝は、そうですよ、特に今の時期が一番危険だから注意したほうがいいですよ、と千都留にいいたい気分だった。
 彼女の下腹部は、大きくせり出していたのだ。

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