一八 デ・プロフンディス
私は屍体の群を迂回し、会堂の階段を上った。内部は整頓されていた。両側の高い窓から差す光が快い調和を作って、木の床やベンチに積った埃を照し出していた。大きな帆立貝で作った聖水盤の水は干上っていた。
窓の間の壁には、キリストの受難を表わした十四面の油絵がかけてあった。その画面にばらまかれた夥しい赤、つまり血の量が私を打った。
鞭うたれるイエスの背は血にまみれ、重ねて釘づけられた足から滴った血は、木を伝って流れていた。平べったい画面は頗る平凡で、恐らく伝統の構図を画いたものにすぎないと思われたが、それだけに中世のバーバリズムを正確に伝えていると思われた。かかる血の氾濫の中で礼拝し得た昔の人の心は、たしかに人間の肉体の破壊について、敗兵たる私と、あまり遠くない感覚を持っていたに違いない。
祭壇には蝋細工の十字架像があった。この像も悪い写実を示していた。イエスの蒼白の裸体は屍色を現わし、血は赤黒く凝固しているらしかった。両手をきっちり四十五度に、横木の先端まで延ばした、このローマの植民地の義人の姿勢は、掌を貫いた二本の釘によって釣り下げられた人体に働く、重力しか表わしていなかった。
これ等人には随分信心の対象となり得、事実私の少年時の憧憬の的であった映像に、私が血と屍体しか見得ないとすれば、何かが私の中で変っているのではあるまいか。
床の埃に伏して私は泣いた。十字架に曳かれて降りて来た敬虔なる私が、何故ただ同胞の惨死体と、下手な宗教画家の描いたイエスの刑死体だけを見なければならないのか。私をここに導いた運命が誤っているか、私の心が誤っているか、そのいずれかである。
「デ・プロフンディス」
昨夜夢で私自身の口から聞いた言葉が響き渡った。私は振り向いた。声は背後階上の、合唱隊席から来たように思われたからである。
しかし眼は声の主を探しながら、私はそれが私の幻聴であるのを意識していた。その声は誰かたしかに、私の知っている人の声だと私は感じたが、その時誰であるかは思い出せなかった。
今では知っている。それは昂奮した時の私自身の声だったのである。もし現在私が狂っているとすれば、それはこの時からである。
「われ深き淵より汝を呼べり。主よねがわくはわが声をきき……」
少年の時暗誦した旧約の詩句が頭の中で飜った。しかし会堂の天井に添って移行する私の眼に映る、比島の見すぼらしい会堂の内部には、何も私の呼声に答えるものはなかった。
「われ山にむかいて目をあぐ、わが助けはいずこより来るや」
この時私は私自身と外界との関係が、きっぱりと断ち切られたのを意識した。地上で私の救いを呼ぶ声に応えるものは何もない。それは諦めねばならぬ、と思い定めた。
私は侍女のようなマリヤ像を横眼で見ながら、内陣の横の扉を排して外に出た。そこは海に臨んだ芝生で、また一つの屍体があった。滲み出た屍汁で周囲の草は枯れ、投げ出された手の爪は法外に長かった。
(あの爪は死んでから伸びたものかな。それとも前からあんなに伸ばしていたのか)
そんな意味のないことを考えながら、私は赤いトタン葺の司祭館の、破れた硝子窓を排して入った。
中はやはり掠奪の跡を示していた。戸棚は開けられ、器物の蓋は尽く取られて、空になっていた。書棚が開けられていない唯一のものであったが、私は中に二冊のエドガー・ウォーレスを認めた。司祭の職と犯罪小説との関係について、私は暫く瞑想に耽った。
窓の外に静かな海があり、既に高く昇った日に照されて、岬は蔭を失っていた。
(こんなところにホテルを建てたら流行りそうだ)
とまた無意味に考えた後、私はそこにあった籐の長椅子に横わった。
家具に身を横える感覚は、私を郷愁に似た哀感に誘った。やっと空腹を覚え、私は雑嚢から芋を出してかじった。私はこの家に燐寸があるかも知れないと思った。山中で生の食物ばかり食べていた私が、下界でまず求むべきは火である、と初めて気がついた。
私は入念な捜索にかかった。まず西欧風に設えられた台所のあらゆる戸棚を開け、曳出の隅々まで調べた。それは既に先来の掠奪者の貪欲と好奇心の跡を示していたが、私はその小さな物体が彼等の眼を逃れる可能性を頼りに、なおも執拗に探し続けた。しかし目的のものは遂に見出されなかった。
私は次に拡大鏡を探した。レンズがあれば、太陽から火を獲られるはずであり、多分齢傾いたこの家の主は、かなりそれを必要としそうであった。私の入念な捜索はこんどは書斎に移ったが、これも無駄であった。私はこんな簡単な光学機械すら所有しない、職業的宗教家の無知を呪いつつ、再び長椅子に横わった。