(一)
勘定を済まして笹屋を出る時、始めて丑松は月給のうちを幾許(いくら)袂(たもと)に入れて持つて来たといふことに気が着いた。それは銀貨で五十銭ばかりと、外に五円紙幣(さつ)一枚あつた。父の存命中は毎月為替(かはせ)で送つて居たが、今は其を為(す)る必要も無いかはり、帰省の当時大分費(つか)つた為に斯金(このかね)が大切のものに成つて居る、彼是(かれこれ)を考へると左様無暗には費はれない。しかし丑松の心は暗かつた。自分のことよりは敬之進の家族を憐むのが先で、兎(と)に角(かく)省吾の卒業する迄、月謝や何かは助けて遣(や)りたい――斯う考へるのも、畢竟(つまり)はお志保を思ふからであつた。
酔つて居る敬之進を家(うち)まで送り届けることにして、一緒に雪道を歩いて行つた。慄(ふる)へるやうな冷い風に吹かれて、寒威(さむさ)に抵抗(てむかひ)する力が全身に満ち溢(あふ)れると同時に、丑松はまた精神(こゝろ)の内部(なか)の方でもすこし勇気を回復した。並んで一緒に歩く敬之進は、と見ると――釣竿を忘れずに舁(かつ)いで来た程、其様(そんな)に酷(ひど)く酔つて居るとも思はれないが、しかし不規則な、覚束ない足許(あしもと)で、彼方(あつち)へよろ/\、是方(こつち)へよろ/\、どうかすると往来の雪の中へ倒れかゝりさうに成る。『あぶない、あぶない。』と丑松が言へば、敬之進は僅かに身を支へて、『ナニ、雪の中だ? 雪の中、結構――下手な畳の上よりも、結句是方(このはう)が気楽だからね。』これには丑松も持余して了(しま)つて、若(も)し是雪(このゆき)の中で知らずに寝て居たら奈何(どう)するだらう、斯う思ひやつて身を震はせた。斯の老朽な教育者の末路、彼の不幸なお志保の身の上――まあ、丑松は敬之進親子のことばかり思ひつゞけ乍ら随(つ)いて行つた。
敬之進の住居(すまひ)といふは、どこから見ても古い粗造な農家風の草屋。もとは城側(しろわき)の広小路といふところに士族屋敷の一つを構へたとか、其はもうずつと旧(ふる)い話で、下高井の方から帰つて来た時に、今のところへ移住(うつりす)んだのである。入口の壁の上に貼付けたものは、克(よ)く北信の地方に見かける御札で、烏の群れて居る光景(さま)を表してある。土壁には大根の乾葉(ひば)、唐辛(たうがらし)なぞを懸け、粗末な葦簾(よしず)の雪がこひもしてあつた。丁度其日は年貢(ねんぐ)を納めると見え、入口の庭に莚(むしろ)を敷きつめ、堆高(うづだか)く盛上げた籾(もみ)は土間一ぱいに成つて居た。丑松は敬之進を助け乍ら、一緒に敷居を跨いで入つた。裏木戸のところに音作、それと見て駈寄つて、いつまでも昔忘れぬ従僕(しもべ)らしい挨拶。
『今日は御年貢(おねんぐ)を納めるやうにツて、奥様(おくさん)も仰(おつしや)りやして――はい、弟の奴も御手伝ひに連れて参じやした。』
斯ういふ言葉を夢中に聞捨てゝ、敬之進は其処へ倒れて了つた。奥の方では、怒気(いかり)を含んだ細君の声と一緒に、叱られて泣く子供の声も起る。『何したんだ、どういふもんだ――めた(幾度も)悪戯(わるさ)しちや困るぢやないかい。』といふ細君の声を聞いて、音作は暫時(しばらく)耳を澄まして居たが、軈(やが)て思ひついたやうに、
『まあ、それでも旦那さんの酔ひなすつたことは。』
と旧(むかし)の主人を憐んで、助け起すやうにして、暗い障子(しやうじ)の蔭へ押隠した。其時、口笛を吹き乍ら、入つて来たのは省吾である。
『省吾さん。』と音作は声を掛けた。『御願ひでごはすが、彼の地親(ぢやうや)さん(ぢおやの訛(なまり)、地主の意)になあ、早く来て下さいツて、左様言つて来て御呉(おくん)なんしよや。』