1945年にポツダム宣言を受諾した後、日本の軍人や役人たちには急ぐべき大仕事があった。公文書の焼却である。これから進駐してくる連合国軍に文書を押さえられては、戦争犯罪の追及に言い逃れができなくなる。火をつけてなきものにした。
1945年,日本政府接受波兹坦公告后,军队和官员们就忙于干一件大事——烧毁公文。如果日后联合国军进驻日本并扣下这些文件,那么他们将势必遭到战争罪的审判。所以他们一把火烧光了文件。
「後になってどういう人にどういう迷惑がかかるか分からないから、選択なしに全部燃やせということで……三日三晩、炎々と夜空を焦がして燃やしました」。内務省の職員の回想を、歴史学者の吉田裕(ゆたか)氏が著書で紹介している。歴史の検証に役立つ書類が大量に失われた。
“因为不知道会给后人带去怎样的困扰,所以他们不加选择地全部销毁……。连续烧了三天三夜,火光冲天,空气中弥漫着焦味。”历史学者吉裕先生在著作中介绍了当时任职内务省员工的回忆。原本能在历史讨论中中起关键作用的大量文件就这样没了。
そんな過去の反省はどこに行ったか。大事な公文書なのに1年もたたず廃棄される事例が続出していると本紙にあった。「機密性が高く、流出防止などを重視して廃棄した」との防衛省の説明に目を疑う。捨てることが一番の情報管理だとお考えか。
对这段历史的反省现处于何种阶段呢?明知是非常重要的公文,却接连在一年内销毁的事例不断出现。“由于是高度机密,所以对泄密的防范非常重视,故而进行了销毁”,防卫省的这一说明漏洞百出,无法令人信服。难道他们认为销毁是最好的信息管理方式吗?
加計学園をめぐる国会での閉会中審査では、文書と突き合わせて追及されても「記憶にない」で逃げる答弁が目立った。こんな紙さえ残っていなければ……との心の声が聞こえてきそうだ。
对于国会闭幕期间对加计学院问题的审查问题,以一句“不记得了”来躲避文书对质的回答也掀起了轩然大波。如果没有留下这样的文件……我似乎能听到其内心这样的回答。
いい方法がある。役所での情報のやり取りに紙や電子メールではなく、黒板とチョークを活用するのだ。一拭きすれば、消えてなくなる。情報公開を求められて困ることもない。
当然也有妥善的办法。政府官员在交换情报时,应该活用黑板和粉笔而非纸张和电子邮件。当你想抹去痕迹时,只要一擦就会消失不见。这样一来,民众就束手无策了。
悪ふざけが過ぎる? でも考えてみてほしい。これだけ情報技術が発達し、電子データをいくらでも残せるようになった今、1年もたたずに大事な記録を捨てていることの方が、ふざけてはいないか。
玩笑是否开得有点过头了?但是还是希望大家能仔细想象,现在信息技术这样发达,电子数据备份要多少有多少,仅仅一年步道就把重要的记录销毁了,这也不是笑话吗?