日本人については、よく欧米諸国の人たちから「閉鎖的だ。何を考えているかわからない」などと槍玉にあげられる。しかし、果たしてそうだろうか。私は、こうした誤解が生まれたのは、おそらく従来の日本人のコミュニケーションのあり方が、「以心伝心」と言われるように、言語コミュニケーションよりも相手の気持ちを察することを重視するものであったために、欧米人の言語コミュニケーションを中心とした自己主張の文化にマッチしなかったためだと思われる。
日本人の「閉鎖性」については、私は逆に、日本人ほど柔軟で受容力に富んだ国民はいないと考えている。それは日本の歴史を振り返ってみるとわかる。日本は弥生時代以来の固有の文化をもっているが、それは同時に様々な文化が融合された文化である。古くは中国と朝鮮から文化が伝来した。中世にはオランダやポルトガルから、近代にはフランスやドイツから、現代ではアメリカからの文化や学問などをいち早く取り入れてきた文化である。( )、伝統的な文化や価値観を失ったわけでもない。それは、明治以来、これほど欧米式の生活様式を取り入れながらも、「畳とみそ汁」の生活を変えないことからもわかる。守るべきは守り、取り入れるべきは取り入れたと言えよう。
また、「日本の商品は品質がいいが、独創性やオリジナルなアイディアがない」とか言われるが、そもそも「独創性やオリジナルなアイディア」とはなんだろう。「箸」を例に考えてみよう。箸はもちろん中国から日本に伝わった。だが、日本の箸は先が細くなっている。おそらく動物の肉ではなく、近海の小魚を主たる副食とし、身と骨を箸で分けて食べる必要から工夫されたのだろうが、日本人は今あるものをより良く、より便利にするための努力を惜しまない。外部からの文化や技術を、常に日本流にアレンジしながら生活へと取り入れる知恵を持っていると言ってもいいだろう。中国から渡ってきた扇子を折り畳み式にして中国に逆輸入したのも日本人である。
このように日本は吸収した文化や技術をより発展させ、高度な物にして他の国へ輸出したり、元の国へ逆輸出したりしてきた。特に「小さく、便利にする」発想と技術は世界一であろう。こうした「改良」も、独創性であり、オリジナリティーなのである。
更に日本人の精神文化や発想の基層に流れているものを考えたとき、欧米が自然を人間に従わせようとする「対自然」の考え方なのに対し、日本には「即自然」の発想があることがわかる。今でこそ環境保護が現代のキーワードのようになっているが、「欧米に追いつけ追い越せ」と強国になることばかりを追い求めた一時期(明治時代から戦後高度成長期まで)を除けば、日本人は昔から自然を破壊するのではなく、自然に畏怖の念を持ち自然と共生する大切さを知っていた。この自然とともに生きようとする発想こそが、環境に優しい省エネルギーなどのエコ技術を生み出してきたのである。
「日本人としてのアイデンティティー」を語るとき、私たちが何よりも振り返らなければならいのは、日本人の内なる精神文化であろう。それは、「武士道」「滅私奉公」といった支配階級の価値観ではなく、庶民のなかに流れ続けた「職人文化」である。事実、日本的な文化の代表として残り続けている歌舞伎・茶道・華道・浮世絵や、現代の精密な電子機器や電気自動車を生み出す生産技術の開発など、どれも旺盛に新しい文化を取り入れ、それを改良していく「職人文化」の産物であり、庶民階級が生み出したものなのである。国の形は変わっても、庶民の心を流れる「即自然」の発想と「職人文化」は営々と受け継がれている。それこそが、日本人の基層文化なのである。
1、「こうした誤解が生まれたのは」とあるが、それはどんな誤解のことか。
①日本人は多様な文化を無原則に受け入れるという誤解
②日本人の価値観や思考パターンが欧米人と違うという誤解
③日本人は閉鎖的で何を考えているかわからないという誤解
④日本人には欧米人のような契約概念がないという誤解
2、筆者は、どうして「こうした誤解が生まれたのは」のような誤解が生じると述べているか。
①欧米と日本ではコミュニケーションのあり方の文化的な違いがあったから。
②日本人は常にが外来文化に対して排他的で、固有の文化を守ろうとするから。
③日本人の考え方が「即自然」なのに対して、欧米人のそれが「対自然」だから。
④欧米の思想や技術の形を模倣をするだけで、本質を理解しようとしないから。
3、( )に入るものとして、最も適当なのはどれか。
①さて
②それにしては
③ただし
④かといって
4、「「畳とみそ汁」の生活」とは、何を代表するものとして挙げているか。
①日本人のコミュニケーションの仕方
②欧米式の価値観や生活様式
③様々な文化が融合された日本文化
④日本の伝統的な文化や生活様式
5、「「日本の商品は品質がいいが、独創性やオリジナルのアイディアがない」とか言われるが」とあるが、筆者はこのことについてどう考えているか。
①それは誤解であり、日本は多くの独創的な製品を作り出してきた。
②全くその通りであるが、独創的かどうかはあまり重要ではない。
③吸収した文化や技術を改良し、より発展させるのもオリジナリティーである。
④独創性やオリジナリティーよりも、文化や技術をより発展させるほうが大切だ。
6、筆者は、「日本には「即自然」の発想がある」と述べているが、それは何を表しているか。
①省エネルギー・省資源の大切さのこと
②自然とともに生きようとすること
③自然を人間の役に立つように変えようとすること
④環境を保護する大切さを知っていること
7、この文章で筆者が一番言いたいことは、以下のどれか。
①日本人は今あるものをよりよく、より便利にするための努力を惜しまない。
②「武士道」「滅私奉公」などは支配階級の価値観であり、日本文化を代表するものではない。
③「即自然」の発想と「職人文化」こそ、日本文化の基層にあるものだ。
④日本人を閉鎖的であり、保守的だと決めつけるのは間違いである。