人との出会いと同じく、本との出会いにも偶然のおもしろさがある。目当ての本を探して歩く図書館でばったり。友人の本棚でばったり。そして本屋さんの店先で、手招きする本がある
同邂逅于人一样,在和书籍相遇过程中也会感到偶发的情趣。到处寻找的一本书,突然发现它正在图书馆、在朋友的书架上,以及在书店门前的书摊上向我招手呢。
大きな書店でなく「本や」という雰囲気を持った小さな店が好きだと、詩人の長田(おさだ)弘さんが書いている。本の数は少ないけれど構わない。「わたしは『本や』に本を探しにゆくのではない。なんとなく本の顔をみにゆく」のだから
诗人长田弘先生曾经撰文道,特别情有独钟的是那种略带“书屋”氛围的小书店,而并非大型书店。即便书籍的数量并不多,那也不在乎。因为“我去‘书店’不是去找书,而是有一种去探望的情结”
小さい店だから、ほとんど全部の棚をのぞく。自分の関心の外にある本、予期しなかった本がある。とくに夜、静かな店で「まだ知らない仲の本たちと親密に話をするのは、いいものだ」。そして1冊を買う
因为书店小,可以将全部书架都浏览一遍。发现其中有一些不在关注之列的书籍,以及未曾想到的书籍。特别是夜晚,在安安静静的店堂里“与那些尚未十分了解的书籍进行亲密对话,实在是妙不可言”。然后,再买上1本。
まちの小さな本屋は、とりわけ子どもたちにとって、知らない世界への入り口でもあった。作家の町田康(こう)さんが小中学生の頃を振り返って書いている。ひとりで書店に行き、新しい文庫本を手にすることで「頭のなかにおいて、どんどん遠いところに行くようになったのである」
特别是对儿童们来说,大街上那小小的书店也是他们进入未知世界的入口。作家町田康先生曾撰文回忆他中小学时代的经历,经常独自一人走进书店,当他手里拿起一本新出版的文库本书籍的时候,“仿佛觉得整个大脑内部渐渐地来到了一个遥远的地方似的”
そんな場所は残念ながら、減る一方のようだ。書店が地域に一つもない「書店ゼロ自治体」が増えていると記事にあった。自治体や行政区の2割を超えるという。消えてしまった店を思い起こした方もおられるか
令人遗憾的是,就是这么一个场所正在逐渐减少。有报道称,一家书店也没有的地区,即“零书店自治体” 正在增加,据说已经超过了整个自治体以及行政区域中的2成。不知道是否有人想起了那些已经消失了的店面。
ネットで頼めば自宅に届く。車で大型店に行けば話題の新刊が手に取れる。まちの本屋が減る理由は、本好きであるほど思い当たるかもしれない。豊かな出会いの場とは何だろう。読書の秋を前に、考え込んでしまう。
通过网上下单就会送到家中。如果开车去大型书店的话,就可以买到热门的新书。小型书店减少的理由,(?)多姿多彩的邂逅场所是什么呢。读书的秋天就要到了,我陷入沉思。