父は長い闘病生活の末、七十三歳で死んだ。
生前、父は八歳年下の母に
「墓をグラグラさせて歓迎するぞ」と言っていた。母はいつも笑って、その言葉を受けとめていた。
そんなことありえない、嘘だとわかっていても、ちょっぴり信じて、奇跡が起こるかもしれないと考えたのか、母は家の裏山にある父の墓によくお参りに行っていた。
私も気になって、こっそり聞いてみた。
「ちっともグラグラしないんだから、うそばっかり言って」と笑って答えてくれた。でも、母が死んだ時に思った。二人はあの世で、真っ先に、そのことで喧嘩しているかも、と。
父は私にも「何かに変身して会いに行くぞ」と話していた。
だから墓参りに行くたびに、キョロキョロと墓のまわりに「何か」を探してしまう。カエルやアリ、トンボやセミを見ると、ふと父かな、と想ってしまう。そして、お相撲さんのような体格だった父が、こんなに小さな生き物に変身して会いに来ているのかもしれない、と思うと可笑しかった。
ここ数年、夏のお盆の墓参りは御無沙汰している。新幹線やらバスで三、四時間ほどかかる長旅なので、年齢のせいか、ついつい足が遠のいてしまった。でも、その季節になると、きまって我が家の台所の窓、夏は網戸になっているが、そこに一匹のセミがやってくるようになった。網にへばりついて、ミィーン、ミン、ミンとひと鳴きして、どこかへ去っていく。バカな、と考えつつも、そのセミに
「今年もまた、茨城にまで遊びにきたの」と話しかけてしまっている。だからいつか、父に会ったら、必ずセミのことを確認しよう、と決めている。
父の大げさなもの言いや嘘が、今も残された家族を明るくあたたかく支えている。