私は旧家に当主の長女として生まれた。母は初めての子が男でなかったことでがっくりしたようだ。3年後に弟が生まれ、弟が母の関心を独占するようになった。
普通なら私は「女に生まれたために親の愛情を十分に受けられない、かわいそうな子」となるのだが、おかげで自由気ままにノビノビと育つことができ、よかったと思っている。
大学進学も、就職も結婚も、親にはすべて事後報告だった。跡取りである弟のことで頭がいっぱいの親に、私なんかのことで煩わせたくないわ、と口では殊勝なことを言っていたが、単に親からとやかく言われるのが鬱陶しかっただけである。
自由気ままに生きてきた罰があったのか、健康診断で癌が見つかり、まだ30代の若さで医師から余命半年と宣告された。癌で若くして他界した父のDNAを受け継いでしまったようだ。
年老いた母に心配をかけたくなかったので、癌のことを黙っていたら、なんと夫が母に伝えてしまった。今にも倒れそうなぐらい衰弱した母が私の家を訪ねてきた。私自身、突然の癌宣告で混乱しており、母に正面から向き合うことができず、母を追い返してしまった。
あとで母が帰り際に渡してきた封筒を開けると、一枚の小切手が入っていた。受取人が私で、立派な家が建つほどの金額がかかれている。母と同居している弟に電話して聞いたら、何と母は現金化できる財産をすべて換金し、私へ差し出したそうだ。これで最高の治療を受け、少しでも長く生きさせたいとのこと。自分の老後の資金さえ換金した母はなんと愚かであろうか。
弟から母はいつも私のことを案じていた、と聞かされた。私が死んだら、母も生きてはいないのではないか、と弟は心配している。親の愛はなんと深いものか。私は母に愛されていたのだ。
いい人生だったと思う。親に愛され、夫に愛され、弟も私のことを大事にしている。みんなになんのお返しもできないまま、逝ってしまうことを許してほしい。