原文
卯の花山・くりからが谷をこえて、金沢は七月中(なか)の五日也。爰(ここ)に大坂(おおざか)よりかよふ商人何処(かしょ)と云者(いうもの)有。それが旅宿(りょしゅく)をともにす。一笑と云ものは、此道(このみち)にすける名のほのゞ聞えて、世に知人(しるひと)も侍(はべり)しに、去年(こぞ)の冬、早世したりとて、其兄(そのあに)追善(ついぜん)を催すに、
塚も動け我泣声は秋の風
ある草庵(そうあん)にいざなはれて
秋涼し手毎(てごと)にむけや瓜(うり)茄子(なすび)
途中ギン(とちゅうぎん)
あかゝと日は難面(つれなき)もあきの風
現代文訳
卯の花山・くりからが谷を越えて、金沢に着いたのは七月二十五日であった。金沢には大阪から行き来している何処という商人がいて、同宿することとなった。
一笑というものは俳諧にうちこんでいる評判がちらほら聞こえてきて、世間では知る人もあったのだが、去年の冬、早世したということで、その兄が追善の句会を開いた。
塚も動け我泣声は秋の風
(意味)一笑よ、君の塚(墓)を目の前にしているが、生前の君を思って大声で泣いている。あたりを吹き抜ける秋風のように激しくわびしい涙なのだ。塚よ、私の呼びかけに答えてくれ!
ある草庵に案内された時に、
秋涼し手毎にむけや瓜茄子
(意味)瓜や茄子という秋野菜でもてなしをうけた。いかにも秋の涼しさがあふれる。みなさん、それぞれ瓜や茄子をむこうじゃないですか。その手先にも秋の涼しさを感じてください。
道すがら吟じたもの
あかあかと日は難面もあきの風
(意味)もう秋だというのに太陽の光はそんなこと関係ないふうにあかあかと照らしている。しかし風はもう秋の涼しさを帯びている。