原文
小松と云所(いうところ)にて
しほらしき名や小松吹(ふく)萩すゝき
此所(このところ)、太田(ただ)の神社に詣(もうづ)。実盛が甲(かぶと)・錦の切(きれ)あり。往昔(そのかみ)、源氏に属せし時、義朝公より給はらせ給とかや。げにも平士(ひらざぶらい)のものにあらず。目庇(まびさし)より吹返(ふきがえ)しまで、菊から草のほりもの金(こがね)をちりばめ、竜頭(たつがしら)に鍬形(くわがた)打(うっ)たり。真盛討死の後、木曾義仲願状(がんじょう)にそへて、此社(このやしろ)にこめられ侍(はべる)よし、樋口の次郎が使せし事共(ことども)、まのあたり縁起にみえたり。
むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす
現代語訳
しほらしき名や小松吹萩すゝき
(意味)】「小松」という可愛らしい名前のこの地に、萩やススキをゆらして秋の風が吹いている。
ここ金沢の地で、太田の神社に参詣した。ここには斉藤別当実盛の兜と錦の直垂の切れ端があるのだ。
その昔、実盛がまだ源氏に属していた時、義朝公から賜ったものだとか。
なるほど、普通の平侍のものとは違っている。目庇から吹返しまで菊唐草の模様を彫り、そこに小金を散りばめ、竜頭には鍬形が打ってある。
実盛が討ち死にした後、木曽義仲が戦勝祈願の願状に添えてこの社にこめた次第や、樋口次郎兼光がその使いをしたことなど、当時のことがまるで目の前に浮かぶように、神社の縁起に書かれている。
むざんやな甲の下のきりぎりす
(意味)痛ましいことだ。勇ましく散った実盛の名残はもうここには無く、かぶとの下にはただ コオロギが鳴いている。