原文
山中の温泉(いでゆ)に行ほど、白根(しらね)が嶽(だけ)跡にみなしてあゆむ。左の山際に観音堂あり。花山(かざん)の法皇、三十三所(さんじゅうさんじょ)の順礼とげさせ給ひて後、大慈大悲(だいじだいひ)の像を安置し給ひて、那谷と名付給ふと也。那智、谷汲(たにぐみ)の二字をわかち侍(はべり)しとぞ。奇石(きせき)さまざまに、古松(こしょう)植ならべて、萱ぶきの小堂(しょうどう)、岩の上に造りかけて、殊勝の土地也。
石山の石より白し秋の風
現代語訳
山中温泉に行く道すがら、白根が岳を背にして歩んでいく。左の山際に観音堂がある。花山法皇が西国三十三か所の巡礼をおとげになって後、人々を救う大きな心(大慈大悲)を持った観世音菩薩の像を安置されて、「那谷」と名付けられたということだ。
三十三か所の最初の札所である那智と最期の札所である谷汲から、それぞれ一時ずつ取ったということだ。
珍しい形の石がさまざまに立ち並び、古松が植え並べられている。萱ぶきの小さなお堂が岩の上に建ててあり、景色のよい場所である。
石山の石より白し秋の風
(意味)那谷寺の境内にはたくさんの白石があるが、それより白く清浄に感じるのが吹き抜ける秋の風だ。境内にはおごそかな空気がたちこめている。