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等栽
日期:2017-12-05 21:23  点击:399
原文
福井は三里計(ばかり)なれば、夕飯(ゆうげ)したゝめて出(いづ)るに、たそかれの路(みち)たどゝし。爰(ここ)に等栽(とうさい)と云(いう)古き隠士(いんし)有(あり)。いづれの年にか、江戸に来りて予(よ)を尋(たずぬ)。 遙(はるか)十(と)とせ余り也。いかに老さらぼひて有(ある)にや、将(はた)死(しに)けるにやと人に尋(たずね)侍(はべ)れば、いまだ存命して、そこゝと教ゆ。市中ひそかに引入(ひきいり)て、あやしの小家(こいえ)に、夕貌(ゆうがお)・へちまのはえかゝりて、鶏頭・はゝ木ヾ(ははきぎ)に戸ぼそをかくす。さては、此(この)うちにこそと門(かど)を扣(たたけ)ば、侘しげなる女の出て、「いづくよりわたり給ふ道心の御坊にや。あるじは此(この)あたり何がしと云(いう)ものゝ 方に行(ゆき)ぬ。もし用あらば尋給(たずねたま)へ」といふ。かれが妻なるべしとしらる。むかし物がたりにこそ、かゝる風情は侍れと、やがて尋(たずね)あひて、その家に二夜(ふたよ)とまりて、名月はつるがのみなとにとたび立(だつ)。等栽も共に送らんと、裾(すそ)おかしうからげて、路の枝折(しおり)とうかれ立。
 
 
現代語訳
福井までは三里ほどなので、夕飯をすませてから出たところ、夕暮れの道なので思うように進めなかった。
 
この地には等裁という旧知の俳人がいる。いつの年だったか、江戸に来て私を訪ねてくれた。
 
もう十年ほど昔のことだ。どれだけ年取ってるだろうか、もしかしたら亡くなっているかもしれぬと人に尋ねると、いまだ存命で、けっこう元気だと教えてくれた。
 
町中のちょっと引っ込んだ所にみすぼらしい小家があり、夕顔・へちまがはえかかって、鶏頭・ははきぎで扉が隠れている。
 
「さてはこの家だな」と門を叩けば、みすぼらしいなりの女が出てきて、「どこからいらっしゃった仏道修行のお坊様ですか。主人はこのあたり某というものの所に行っています。もし用があればそちらをお訪ねください」と言う。
 
等裁の妻に違いない。昔物語の中にこんな風情ある場面があったなあと思いつつ、すぐにそちらを訪ねていくと等裁に会えた。
 
等裁の家に二晩泊まって、名月で知られる敦賀の港へ旅たった。等裁が見送りに来てくれた。裾をおどけた感じにまくり上げて、楽しそうに道案内に立ってくれた。

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