むかしむかし、子どものいないおじいさんとおばあさんが、毎晩神さまにお祈りをしました。
「どうか、子どもを一人さずけてください。子どもがいたら、どんなに心強いでしょう。どうか願いを、きいてください」
ある晩の事、お祈りをすませたおじいさんとおばあさんは、近くの川にカゴをしかけました。
「今夜カゴをしかけておいて、かかったものをわしらの子どもにしよう」
二人は、そう決めたのです。
そんな二人を、遠くから見ているものがありました。
それは暗い夜空にかがやく、レモン色の大きな月です。
翌朝、小川にしかけたカゴを見て、二人は思わずニッコリとほほえみました。
カゴには、一羽の子ガモがかかっていたのです。
「かわいい子じゃないか、おばあさん」
「ええ、かわいい子どもですね」
おじいさんとおばあさんは子ガモをだいて帰ると、古いマスの中にそっと入れました。
そしておじいさんとおばあさんは、
「わしらは森にキノコをとりに行ってくるから、しっかり留守番(るすばん)をたのむぞ」
と、本当の子どもに言うように子ガモに言って、出かけて行きました。
二人が出かけてしばらくすると、子ガモはマスの中でつばさを三回広げて、
ガア! ガア! ガア! ガア!
と、四回鳴きました。
そのとたんに子ガモは羽を脱いで、美しい娘に姿をかえたのです。
娘はおばあさんのエプロンをつけると、台所にたって野菜のシチューを作り始めました。
それからそうじをして、白い布を見つけるとシャツを二枚ぬい、台所をていねいにみがきあげました。
夕暮れ近くになると娘はエプロンをはずし、三回手をたたきました。
すると娘は子ガモの姿に戻り、マスに入っていきました。
キノコとりから帰ってきたおじいさんとおばあさんは、出来たての野菜シチューと、きれいにみがかれた台所を見てビックリ。
「いったい、誰がしたんだろう?」
次の日も、おじいさんとおばあさんはキノコとりに出かけました。
そして帰ってくると、部屋の中はきれいにそうじがしてあり、花がかざってあります。
台所には、マメのスープと焼きたてのパンもあります。
その次の日にはクッションが新しくなっているし、ベッドカバーには星のししゅうがしてありました。
おじいさんとおばあさんは、ベッドの中で話しました。
「明日は出かけるふりをして、こっそり屋根から家の様子を見てみましょう」
「ああ、そうしてみよう」
朝が来ると、おじいさんとおばあさんは出かけるふりをして、屋根にのぼって部屋の中を見ていました。
子ガモはそうとは知らずに、三回羽を広げると、
ガア! ガア! ガア! ガア!
と、四回鳴いて、羽をぬいで美しい娘になりました。
娘はおばあさんのエプロンをつけると、さっそく台所にたって料理を始めました。
それからそうじをして、おじいさんの机をみがき、おばあさんのやぶけたボウシをつくろいました。
屋根の上のおじいさんとおばあさんは、それを見てビックリです。
「そうか、そういうわけだったのか。しかし、あの娘が夜もずっと娘のままでいてくれたらいいのになあ」
「そうだ、おじいさん。あの娘のカモの羽を、全部焼いてしまいましょうよ。そうしたらあの娘はカモの姿に戻る事が出来なくて、ずっと娘のままでいますよ」
「そうだな。よし、そうしよう」
おじいさんとおばあさんは屋根をおりると、家の中へそっと入りました。
そして娘が庭に出たすきに、二人は子ガモの羽を暖炉(だんろ)の火に投げ込みました。
そこへ用事をすませた娘が、入って来ました。
「あっ、おじいさんにおばあさん!」
ビックリする娘に、おじいさんがやさしく言いました。
「カモや、???いや娘や、カモの羽は全て焼いてしまったよ。これでもう、お前は娘の姿のままだね」
おじいさんの言葉に、娘は焼けていく羽を見てビックリです。
「羽を! 何て事をするのですか!」
それから娘は悲しそうな顔をして、おじいさんとおばあさんに言いました。
「実は私は、月なのです。
お二人が毎晩、子どもがさずかりますようにとおいのりをしているのを見ていて、昼間だけでも子どもの役目をしようと子ガモの姿をかりておりて来ました。
けれど私は月です。
夜には、空へ帰らなければなりません。
でも羽がないと、空にもどる事は出来ません」
「おお、それは知らなかった。月が夜空をてらしてくれなければ、夜はやみにつつまれてしまう。どうしたらいいんだ」
おじいさんとおばあさんがオロオロしていると、娘は言いました。
「それでは森へ行って、森中の鳥の羽を一本ずつもらってください。
そしてその羽を持ってチレリイの谷に住む魔法使いのおばあさんのところへ行き、もう一度カモの羽のつばさを作ってもらってください。
わたしはカモのつばさが出来るまで、森のほら穴にかくれています」
おじいさんとおばあさんは、急いで森へ出かけて行きました。
そして出会った鳥に、羽を一本ずつわけてもらいました。
でも、おしゃれなセキレイ(→スズメ目セキレイ科の小鳥の事)だけは、
「どうしても羽がほしいのなら、真珠(しんじゅ)の首かざりをちょうだい」
と、言います。
真珠なんて持っていないおばあさんは、悲しくて涙を流しました。
するとその涙は草の上に落ちたとたん、二粒の真珠になりました。
おじいさんとおばあさんは草をあんで、その真珠をつけて首かざりを作りました。
「ありがとう。こんなのがほしかったのよ」
セキレイは首のわた毛を一本抜いて、おじいさんとおばあさんにわたしました。
全ての羽を集めたおじいさんとおばあさんはチレリイの谷へ行き、魔法使いのおばあさんにカモのつばさを作ってくれるようたのみました。
魔法使いのおばあさんは、二人が子ガモのつばさを焼いてしまったことをひどく怒りましたが、
「今度だけだよ」
と、子ガモのつばさを作ってくれました。
おじいさんとおばあさんは新しい子ガモのつばさを大事にかかえて、娘のいるほら穴へむかいました。
夜空は月がなくてまっ暗だったので、おじいさんとおばあさんは途中で何度も転びました。
そしてようやくほら穴にたどりついた時には、おじいさんもおばあさんもクタクタです。
でも元気を出して、ほら穴にむかって言いました。
「つばさを作ってもらいましたよ」
すると娘は、ニッコリほほえみながら出てきました。
そしてすぐに両手を三回ふると、ガア! ガア! ガア! ガア!と、四回鳴いて、つばさを受け取りました。
「あっ!」
娘はたちまち、美しいカモの姿にかわりました。
それからつばさを広げると、暗い夜空へかがやきながら飛んでいったのです。
「月が、月が出たよ」
まっ暗だった夜の空に、突然大きな月がうかびあがりました。
それは今まで誰も見たことがない、とても美しい月でした。