むかしむかし、仲の良い二人の友だちが、「兄さん」「弟」と呼び合って、兄弟のように暮らしていました。
ある日の事、二人は山へ狩りに行き、見た事もない大きな鳥が飛んでいるのを見つけました。
兄さんはすぐに弓矢をかまえましたが、弟がそれをとめました。
「兄さん、待って! 鳥が足に持っているのは!」
よく見ると鳥は、足に人間らしいものをつかんでいます。
鳥をいおとせば、つかまれている人が死んでしまいます。
そこで鳥のあとを、どこまでもどこまでも追っていきました。
二人が歩き疲れてヘトヘトになったころ、ようやく鳥はまいおりました。
そして鳥は、ほら穴にそのえものをかくすと、また空高く飛んでいきました。
二人はほら穴にかけよると、中をのぞきこみました。
ほら穴は深いたて穴で、中が見えません。
「兄さん、このつなの先を持っていて。ぼくが中の人を助けたら合図をするから、そしたらつなを引っ張り上げて」
弟はそう言うと、つなをつたわって穴の底へおりていきました。
穴は思ったよりも深くて、なかなか底につきません。
おまけにだんだんと、広くなっていくのです。
お兄さんは穴の外で弟からの合図を待ちましたか、なかなか合図はありません。
やがて日がくれて、夜になりました。
それでも、弟の合図はありません。
そのうちに東の空が明るくなると、どこからか人の声が聞こえてきました。
「お姫さまをさらった鳥が、この山に入ったそうだ。かならず探し出せ」
「もちろんだ。探し出した者には、たくさんのほうびがもらえるからな」
「いや、それだけじゃない。お姫さまもいただけるそうだ」
お兄さんは木のかげからみんなの話を聞いて、
(さっき鳥がつかんでいたのが、お姫さまだ)
と、思いました。
さて、穴の中に入っていった弟は、岩かげで気を失っているお姫さまを見つました。
「大丈夫ですか? しっかりしてください」
弟は岩かげの側に水の流れを見つけると、その水をお姫さまの口に入れてやりました。
「うっ、ううーん」
やがてお姫さまが、目を覚ましました。
「ありがとう。助けてくださって。???ここは、どこですか?」
「??????」
弟は、お姫さまがあまりにも美しいので、見とれて返事も出来ません。
お姫さまも、助けてくれた弟に心をひかれました。
けれども、いつまでもこうしてはいられません。
弟はお姫さまをかかえると、つなのさがっているところまで運びました。
そしてつなを、お姫さまの体にしっかりとむすびつけました。
それから穴の外にいるお兄さんにむかって、つなを二、三度引いて合図をおくりました。
お姫さまを引っ張り上げたお兄さんは、
(やっぱり、お姫さまだ。これで、ごほうびがもらえるぞ。それにこの、きれいなお姫さまもだ)
と、思い、ほら穴の上に岩を置いてふさいでしまいました。
そして間もなく、お姫さまをさがし回っている人たちがやって来たので、お兄さんは大声で、
「お姫さまをお助けいたしましたのは、わたくしでございます」
と、言ったのです。
それで、お兄さんは王さまからたくさんのごほうびをいただいたうえに、大臣にしてもらいました。
ただ、お姫さまだけは、
「わたしを助けてくれたのは、あの人ではありません」
と、言い張って、お兄さんのお嫁さんになろうとはしませんでした。
さて、ほら穴の中に閉じ込められた弟は大声で助けを呼びましたが、誰も助けに来てくれません。
仕方なく弟は、穴の奥へ奥へと進んでいきました。
すると奥の方から、人のうめき声が聞こえてきました。
行ってみると、男の人が倒れています。
弟は男の人を、かいほうしてやりました。
「ありがとう。あなたは親切なお方です」
「いや、無事でよかった。でも、お助けしても、ここから出られないのです」
弟が困ったように言うと、男の人が言いました。
「それなら、わたしが案内しましょう。わたしは、水の国の王子です。水のあるところなら、どこにでも自由に行けるのです」
水の国の王子は弟の手をにぎると、岩の側を流れる清水をつたわって広い海に出ました。
水の国の王さまは、王子が無事に帰って来たので大喜びです。
王子が弟に助けてもらった事を伝えると、王さまが弟に言いました。
「王子を助けてくれたお礼に、宝物の胡弓(こきゅう)をあげましょう」
弟が手にとって胡弓をひくと、自然と美しい音楽が流れ出ました。
弟は胡弓をひきながら旅をして、やがて都にたどりつきました。
その胡弓の音色(ねいろ)は都のすみずみまで流れて、人々の心をなぐさめました。
この不思議な胡弓ひきの評判は、たちまちお城に伝わりました。
「その胡弓ひきを、よびなさい」
王さまは、大臣に言いつけました。
今は大臣になっているお兄さんは、その胡弓ひきを見てビックリ。
(弟? あいつは、死んだのではなかったのか。あいつがいては、お姫さまを助けたのがおれでないことがばれてしまう)
そこでお兄さんは、王さまに言いました。
「調べましたら、あの胡弓ひきは敵の一人でございました。すぐに死刑にしないと、大勢の敵がやって来ます」
「わかった。すぐに胡弓ひきを死刑にしろ」
家来たちにつかまった弟は、王さまに最後のお願いをしました。
「死ぬ前に、もう一度だけ胡弓をひかせてください」
「うむ、よかろう」
王さまが許すと、弟は静かに胡弓をひきはじめました。
そのウットリするような美しい音楽は、まわりにいた人々の心の中にしみわたっていきました。
すると、どうでしょう。
死刑を行う役人は、刀を投げすててしまいました。
死刑を見に来た人たちの心は、とてもやさしい気持ちになりました。
その音楽は、お城の奥の部屋にひきこもっているお姫さまの耳にも届きました。
その音楽は、お姫さまの耳にこう聞こえました。
?お姫さまをお救いしたのは、誰でしょう?
?つみもなく、死刑になるのはなぜでしょう?
お姫さまは、ハッと気がつきました。
「あのお方だわ! あのお方が、やって来たんだわ!」
お姫さまははだしのまま、かいだんをかけおりました。
そして弟を見つけると、王さまに言いました。
「わたしを助けてくれたのは大臣ではありません! わたしを助けてくれたのは、このお方です!」
そこで王さまは胡弓ひきの死刑を中止して、あらためてわけを聞きました。
そしてはじめて、王さまは本当のことを知ったのです。
王さまは弟にあやまると、お姫さまと結婚させて、王さまの位を弟にゆずりました。
そして新しい王さまとなった弟は、この国を平和にさかえさせました。
すると隣の国が、この国がさかえるのをねたましく思ったのです。
隣の国は他の国々を仲間にさそって、戦争をしかけてきました。
前の国王も、おきさきも、兵隊を集めて敵をむかえうつようにと言いました。
けれども新しい王さまは、それを聞き入れません。
その為に敵は、お城の近くまでせまってきました。
この時、新しい王さまはお姫さまと一緒にお城の高い塔にのぼって、しずかに胡弓をひきはじめました。
胡弓の美しい音楽は、敵の兵士たちの心をきよらかにしました。
新しい王さまは、敵によびかけました。
「聞きなさい、我が国に攻め込んだ兵士たちよ。すぐに弓矢をすてて、国へ帰るのです。戦いをして命をすてるのは、とてもバカな事です。国で待っている、母や妻や子どもたちの事を考えなさい」
その言葉を聞いて、敵の兵士たちはみんな弓矢をすてると、自分たちの国に帰っていきました。
そして国へ帰ってからも胡弓の音楽と忘れることなく、二度と攻めてはきませんでした。
新しい王さまの胡弓の音楽は、まわりの国々をも平和にしたのです。
このお話には、長いあいだ外国の支配をうけていた、ベトナムの人々の平和ヘの願いがこめられています。